ただ一人の東洋人として、世界的な感染症対策会議に出席!?【“新札”の横顔④】

新型コロナウイルス感染症の流行にも見られるように、世界的な感染症流行に対処するためには国際的な連携が重要になります。今日では、WHO(世界保健機関)が中心に行うような感染症対策がなされていますが、今から100年以上昔にどのように国際的な連携が行われていたのでしょうか。

1850年にロンドンで始まった万国衛生会議は、世界的に流行するコレラを適切に検疫・予防するために立ち上がりました。イギリスやフランスといったヨーロッパを中心とした国々から名高い専門家が出席し、国際的な規範づくりについての議論が交わされる場です。

1891年にロンドンにて開催された第7回万国衛生会議には、唯一の東洋人として北里柴三郎博士が出席しています。北里は1887年に「日本のコレラ」という論考を発表しており、日本におけるコレラ流行の背景を特定した上で、制圧への道筋を提言しました。この論考が評価されたこともあり、東洋からただ一人参加することになったのです。

※この記事は、2023年2月21日に「KITASATO BRANDING PROJECT」のブログに掲載された記事の再掲です。

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