命がけの調査により、ペスト菌を発見!?【“新札”の横顔⑥】

1894年、貿易都市の香港ではペストが猛威を奮っていました。その当時、ペストは非常に高い致死率と感染力を持ちながらも、原因不明の病として人々から恐れられていました。

香港の日本領事からの電報を受け取った明治政府は、北里柴三郎博士と東京帝大医学部の青山胤通教授を中心とする調査団を派遣しました。

中川恒次郎の慰労や石神亨、岡田義行の送別など新たな任地に向けて東京を離れていく人達への激励会が行われた

調査団の到着後には、青山が解剖を、北里が血液、脾臓、リンパ腺腫等の検査を懸命に実施します。しかし、その過程で青山はペストにかかり意識不明の危篤となり死線を彷徨います。北里らの手厚い看病により青山は一命を取りとめましたが、命がけの調査が続くこととなりました。

懸命な調査の結果、ペストの原因は当時未発見であった「ペスト菌」にあると分かりました。これにより、ペスト菌の性質や、推定される感染経路、有効な対処法などが明らかになり、香港は落ち着きを取り戻していきました。

伝染病から人々を救うために、不屈の努力で疫病の原因究明と撲滅対策に尽力した、「不撓不屈」の北里の姿勢は、建学の精神にも受け継がれています。

※この記事は、2023年3月14日に「KITASATO BRANDING PROJECT」のブログに掲載された記事の再掲です。

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