
北里柴三郎博士が港区白金に「北里研究所」を設立したのは1914年ですが、実はそのもとになった研究所がありました。福澤諭吉や実業家の森村市左衛門らの支援によって1982年につくられた「私立伝染病研究所」です。2階建て、上下6室の所内に北里は住み込み、昼夜、研究に没頭したそうです。その後、この研究所を基盤として「北里研究所」が生まれていきます。
北里と福澤の関係については、また別のエピソードがあります。1893年に北里は、福澤、長与専斎、森村らの連携によって設立された日本初の結核専門病院「土筆ヶ岡養生園」を託されます。その経験から、北里は「予防医学の重要性に気づいた」と言われています。

ある日、「土筆ヶ岡養生園」から福澤の別邸に毎日届けられていた牛乳のビンの口の部分に毛髪がついたものがあり、それに怒った福澤は養生園事務長に「大事なことがおろそかになっていないか」と手紙を送ったそう。北里はその時の手紙を戒めとして自身の机の後ろに掲げ、「衛生」の重要性を改めて噛み締めたという逸話もあります。
こうした研究所の設立の経緯については、「北里研究所の歴史」にもまとめてあります。北里の歴史に興味をもった方はぜひ覗いてみてください!
※この記事は、2023年2月7日に「KITASATO BRANDING PROJECT」のブログに掲載された記事の再掲です。
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