「千人風呂」と呼ばれた温泉プールを一般に開放?【“新札”の横顔③】

1913年、北里柴三郎博士は静岡県の伊東に別荘を造り、そこで日本初の温泉プールをつくりました。その温泉プールは「千人風呂」とも呼ばれ、一般の方々にも開放されていました。

建造のきっかけとなったのが、ドイツ留学中にハンガリーの首都ブダペストなどで人々が市営の温泉にて寛ぎ、治療・リハビリをする姿を見たことでした。

日本でも温泉を健康維持に役立てるべきだと北里は考え、帰国後に伊東市の町長に温泉の設置を働きかけ、町債で賄うことを提案します。県知事や内務省の了解も取り付けていたものの、金額の大きさにびっくりした町議会に否決されてしまいます。

そこで北里は自身の別荘に温泉プールをつくり、一般開放することにしたそうです。ほかにも、伊東市で橋を架けたり、道路の整備のための資金提供や鉄道の誘致にも注力したりと、地域を豊かにするためのさまざまな実践に取り組まれていました。

こうした北里の活動は、「報恩(※恩に報いること)」の精神として現在に受け継がれています。

※この記事は、2023年2月14日に「KITASATO BRANDING PROJECT」のブログに掲載された記事の再掲です。

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