北里家には二つの家紋があった?【“新札”の横顔⑧】

北里柴三郎博士の家には家紋が二つあります。家紋が二つある家って聞いたことがありませんが、なぜ北里家には二つあるのでしょうか?その理由は385年前の寛永15年(1638年)にさかのぼります。

肥後熊本藩54万石の細川忠利というお殿様が小国に来た際、北里柴三郎博士から21代前にあたる北里惟宣(これのり)に、「今日は特別いいものをあげる」と言って紙に巴(ともえ)を書いて差し出し「これを家紋にしなさい」と言ったそうです。

しかし、北里家は清和源氏に繋がる由緒正しい家系で既に「笹竜胆(ささりんどう)」の家紋を持っていました。

惟宣は、相手が殿様なので断るのも悪いと思い受けることにしましたが、殿様が鉄の扇に巴の絵を載せて差し出したので、機転を利かせて鉄扇ごと頂いてしまったそうです。鉄扇は高価なものでしたが、殿様は返せとも言えず、その鉄扇は北里家の家宝となったと言うことです。そして、家紋は「扇に巴」というどこにもないものとなりましたが、従来の「笹竜胆」は女の紋に、「扇に巴」は男の紋にして代々伝わっていると言うことです。

ちなみに細川氏は清和源氏足利氏の支流を祖とし、その傍流の細川藤孝が熊本藩の細川忠利の祖父にあたり、元内閣総理大臣の細川護熙氏はその子孫です。

北里家にある二つの家紋の理由、いかがでしたか?学校法人北里研究所にもシンボルマークやブランドマーク、徽章、校章などがあり、うまく使い分けられていますが、その多様性と寛容さは案外北里家の二つの家紋から来ているのかも知れませんね(個人の感想です)。

参考文献:北里一郎,1996.北里柴三郎の人と学説.

※この記事は、2023年11月30日に「KITASATO BRANDING PROJECT」のブログに掲載された記事の再掲です。

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