北里柴三郎、73日間の「おもてなし」 コッホ博士の来日でみせた「報恩」【“新札”の横顔⑨】

ドイツ留学時代からの恩師であるコッホ博士が1908年に来日した際、北里は73日間にわたり、さまざまにもてなしました。北里が大切にしてきた「報恩」が垣間見えます。

文豪の森鷗外の解説付きで歌舞伎観覧したり、和服を着たり、日本文化を堪能しました。コッホ博士が「日本滞在中の最高の景観」として選んだのは、北里に案内された霊仙山(神奈川県)の山頂からの景色です。帰国後も懐かしんだといい、北里の「おもてなし」は、コッホ博士にしっかりと届いていました。

来日時、コッホ博士は北里のことを「最初はただ、ドイツ語ができる日本人という印象しかなかった」と語っています。しかし、ひたむきに研究に取り組む北里の姿がその印象を変えていきました。北里が成功させた「破傷風菌純粋培養」についてコッホ博士はこう述べています。

「北里から直接、成功した過程を聞くうちに北里の研究実験の正確さに驚かされた。想像してみたまえ、その時の私を。これほどうれしい時はない」

来日から約2年後、コッホ博士は亡くなりました。北里はコッホ博士の祠を建て、毎年命日には恩師を偲びました。現在、北里研究所構内にあり、戦火で消失した北里の祠も一緒に合祀されています。そして、今も命日には献花式が行われており、北里の「報恩」は受け継がれています。

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