

20年後、がん手術を担う消化器外科医が現在の半分になる――。昨年、日本消化器外科学会が公表したこの厳しい予測が、変わるかもしれない。2026年度からは、手術を行う医師の技術などを評価する診療報酬の仕組みが、初めて導入される見通しだ。消化器外科医の待遇改善などを国に訴えてきた同学会は、「若手消化器外科医の増加に、大きな力となることを確信する」と期待を寄せる。消化器外科医が誇りを持って働ける環境が、持続可能な医療体制へと繋がっていく。
日本の消化器がんの手術成績は、世界有数
消化器外科医は、消化器のがん(食道がん、胃がん、大腸がん)や、肝がん、胆道がん、膵がんなどを専門とする医師だ。日本ではこれらのがんに年間40万人以上が罹患している。
抗がん剤などの薬物療法や末期のがん患者への緩和ケア、腹部の救急疾患(腸閉塞、急性虫垂炎)など、消化器外科医が広範な役割を担う一方で、その中核である手術の技術も、進化している。近年普及した腹部を大きく切らない内視鏡手術やロボット支援手術は、国内で年間12万件を数える。操作が複雑で長時間化を伴うものの、日本の手術成績は世界トップクラスだ。合併症が起きやすいとされる術後30日以内の死亡率は、欧米の先進国と比較して2分の1から3分の1の水準となっている。
一方で、術後の経過が不安定で、合併症のリスクが高い数日間は、主治医が責任を持って患者を見守り続けることが、医療の質を担保する上で重視されてきた。ただ、こうした休日返上の術後管理を伴う「主治医制」や、昼夜を問わない働き方などが若手医師から敬遠されるようになり、20年後には消化器外科医の数は現在の半分にまで落ち込むという推計もある。
国もこうした事態を重く見て、若手医師を確保するための抜本的な改革に乗り出した。2024年4月には、医師の時間外労働を原則年960時間とする上限規制が施行された。
長時間で高難度な手術に「加算」へ
厚生労働省は2026年1月、若手医師が減っている外科の一部の診療科で、手術の実施時に加算できる新たな診療報酬を設ける方針を明らかにした。中央社会保険医療協議会(厚労相の諮問機関)で提案した。業務負担が大きい外科医の担い手を確保し、医師の診療科偏在を解消する狙いがある。長時間で高難度な手術が対象となる見通しで、消化器外科医が担う腹部のがん手術などが想定されるという。
診療報酬は、医療機関が患者に診療行為をした際、対価として支払われる。患者の窓口負担や公費、保険料で賄われ、個別の内容に応じて価格が決まっている。医師らの技術料や人件費である「本体」と、薬などの値段である「薬価」があり、原則2年に1回、改定される。
2022年の国の調査によると、診療科別の医師数は、「消化器・一般外科」で唯一、2002年比で減少していた。日本消化器外科学会は、業務負担の大きさが診療科の選択肢として敬遠されてきた背景にあると分析している。加算にあたっては、医師の働き方改革につながるように、交代勤務制を導入することなど、負担軽減に取り組むことも条件にする。また、厚労省は、物価高騰で経営が逼迫する急性期病院を対象に、新たな入院基本料を導入することも提案した。(毎日新聞の報道による)
画期的な「診療報酬改定」

2026年度から診療報酬が改定され、長時間・高難度の手術を実施した場合、手術料の100分の15が加算される(外科医療確保特別加算)ことを受け、調憲・日本消化器外科学会理事長は2026年2月、日本消化器外科学会の公式サイトでコメントを発表した。
調理事長は「今回の改定では,若手の医師が減少している診療科の医師に対する給与の手当と、ハイボリュームセンター(難易度の高いがん手術数が多い医療機関)で、長時間高難度手術を行う外科医に対するインセンティブ(報酬)が認められました。この改定は診療科単位の処遇改善や医師個人へのインセンティブが盛り込まれた、史上初めての画期的なものです」と強調。その上で「若手消化器外科医の増加に大きな力となることを確信しております」としている。
一方で、「手術・処置の『休日・時間外・深夜加算1』の要件は,緩和はされたものの十分とは言えず、地域で救急医療に取り組んでいる消化器外科医等への更なる支援も必要と感じております。また、この改定は診療科偏在の対策として行われたものと理解していますが、今後、患者さんの命に責任を負い、高度な技術を持つ、多忙な、多くの高度な医療を行う医師に対する正当な評価が、他の診療科の医師にも広がっていくことを期待しています」としている。
医療機関を集約化し、持続可能に

2026年度からはじまる「外科医療確保特別加算」の新設を受け、高難度ながん手術を、拠点病院に集中させる「集約化」がすすむ見込みだ。症例が集まる拠点病院で働く医師を増やすことで、医師の手術の質が向上するだけでなく、医師のチーム制や交代勤務の導入が可能になる。一人の医師に負担を集中させず、働きやすい環境が整えば、若手医師への教育も体系的に行えるようになる。こうした取り組みの一部は、北里大学病院などの大規模病院ですでに始まっており、成果を上げつつある。
医師が健やかに働き、その技術が正当に評価される仕組みがなければ、医師は減ってしまう。私たち国民も、日本の病院で安全な手術を受けられなくなる。医師のキャリア形成や診療報酬体系、病院の配置――。これらを「国民の命を守るための課題」として捉え直す必要がある。
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次回からは、日本消化器外科学会の理事を務める医学部の比企直樹教授に、お話を伺います。比企教授は、消化器外科医として数多くの手術を手がけ、特に腹部を大きく切らない「腹腔鏡手術」の分野をリードしてきました。国内外で研究や教育にも力を尽くし、これからの医療を担う若手の育成にも情熱を傾けています。比企教授が歩んできた道のりと、北里大学病院で進めている「働き方改革」に迫ります。
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