知財担当職員に聞く「特許を取るために、守ってほしいこと」(下)

 200億円を得た「イベルメクチン」に続く「強い特許」を――。北里大学(北里研究所)の知財・研究推進部の職員は、研究開発で生まれた技術を社会実装(特許など知的財産権で保護し、製品として市場に流通させ、社会で役立てること)しようと、研究者とともに奮闘を続けています。社会を変え、北里大学に莫大な収入をもたらした「知財」(知的財産)とは? 特許を取るために、研究者に必ず守ってほしいこととは? 北里大学特任教授を務める弁理士の冨士良宏部長、樋口昌敏次長、吉澤佳奈主任、武南真依さんの4人に聞きました。

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「知財の北里」 職員が目指す「強い特許」とは?(上)

弁理士の冨士良宏部長(右から2番目)、樋口昌敏次長(左から2番目)、吉澤佳奈主任(左)、武南真依さん(右)

■北里大の知財「イベルメクチン」と殺虫剤のすごさ

編集部 北里大学における、代表的な知財はなんでしょうか?

冨士 2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智・北里大学特別栄誉教授は、寄生虫等による感染症治療薬「イベルメクチン」を、米製薬会社(メルク社)との共同研究で開発しました。アフリカや南米の熱帯地方で発生する感染症の予防薬です。 当初、製薬会社から約3億円で特許の譲渡を求められましたが、粘り強い交渉を続けました。その結果、薬の収益に応じた対価を受け取る形の契約にこぎつけ、200億円以上を得ることができました。

 これは北里大学における金字塔です。特許庁でも事例展示され、産学官連携のモデルになっています。ただ、「イベルメクチン」は、特許が切れており、残念ながらもう収入はないんです・・・・・・。

編集部 そうなんですね・・・・・・。それでは、今も収入がある知財は?

冨士 北里大学における知財収入の9割ぐらいを占める「アフィドピロペン(ピリピロペン誘導体)殺虫剤」 です。

樋口 アブラムシ類に対して優れた効果を発揮する、環境に優しい農薬(殺虫剤)です。Meiji Seikaファルマ株式会社との共同研究で生み出されたもので、北里大学では大村智特別栄誉教授、砂塚敏明学長をはじめとした先生方が発明者になっています 。これは産学連携の好事例として意識するようにしています。

冨士 農薬は環境にもダメージを与えてしまうケースが多いです。「アフィドピロペン殺虫剤」はアブラムシだけに効くので使いやすく、世界中でベストセラーになっています。

樋口 北里大学が2023年度、「アフィドピロペン殺虫剤」など知財で得た収入は、約1億円に上ります。これは特許権による収入において、国内の大学ランキング10位(研究者1人あたりの換算だと9位)です!

冨士 こちらの特許は出願してから約20年たちました。実は、そろそろ特許権が切れるのですが、こちらはこの製品を製造するためのノウハウに対しても対価をいただく仕組みなので、特許権が切れた後も大きな収入が得られるようになっているんです。

編集部 そういう知財が、今後も出てくるといいですね。

■「学生が卒論で発表・・・・・・」 笑えない失敗も

冨士 はい。ただ、特許申請前に論文発表してしまい、特許申請できない。特許がとれないと、一緒に協力してくれる企業も手を挙げてくれない。それで結局は商品化することもできないという・・・・・・。そういう失敗例も、あります。

樋口 先生方には、発明が生まれたときに、発明届を知財・研究推進部に提出いただくのですが、「学会が2か月後にあるから論文をこの日までに出したい。それまでに特許出願したい」というような切羽詰まったケースも結構多くて。私たちとしては、特許出願を済ませてから論文を投稿していただくことを意識していただけるとありがたいのですが・・・・・・。

冨士 「特許を出願したい」と相談に来てくれた先生から研究内容を聞いて、「すばらしい発明ですね」と伝えたら、「学生に卒論で発表させたんですけど・・・・・・」と事後報告され、特許出願を諦めたことも。笑えないケースもあるんですよ。

編集部 「特許を出願する前に論文を発表してしまったら、その研究成果の特許は取れない」ということですか?

冨士 そうです。卒論発表の場合でも、原則外部にもオープンなので、広く知られているということで拒絶されてしまいます。ただ日本では、発表から1年以内であれば、「悪気なく誤って出願前に発表してしまいました。目をつぶってください」というような申請ができる例外措置がありますので、1年以内なら対応可能です。しかしながら、ヨーロッパなど海外には、そういう制度がない国も多いので、そういった国でも特許を取ろうと思っている場合には致命的になってしまいます。
 また、「先に発表してしまいました。目をつぶってください」と言っても、誰かがその論文を読んで特許を出願していたら、出願できなくなります。ですから、論文を公にする前にまず出願していただく、というのが重要です。

■特許を取得するために必要な手続きは?

編集部 特許を取るまでの主な流れを教えてください。

武南 まず、新しいアイディアや技術が生まれたら、「発明届」という書類を知財・研究推進部に出してもらいます。学内のポータルサイトに様式があります。電話でも受け付けています。これがスタートです。

 そのあと、私たちが先生に直接お話を聞いて、「これは特許にできそうだな」と思ったら、学内の「発明委員会」で審査します。その委員会では、「この発明は本当に特許にする価値があるか?」「大学として特許出願するか?」などを、専門の先生方が判断します。審査を通ったら、特許事務所と一緒に、特許出願のための書類を準備します。

冨士 ここで、どの部分を特許にするかを決めるんです。たとえば、薬の成分そのものなのか、作り方なのか、使い方なのか。実験データなどの証拠も必要なので、最低でも1か月はかかります。

編集部 そして、いよいよ特許庁に出願するんですね。

冨士 そうです。特許出願すると日付が記録されます。この日付がとても大事です。「先願主義」といって、同じような発明があった場合、先に特許出願した人が権利をもらえるルールがあるからです。でも、特許出願した内容は後から変えられません。だから、特許出願前の準備はとても慎重に取り組む必要があります。

編集部 特許出願したら、すぐに特許がもらえるのですか?

武南 特許出願しただけでは「受付されただけ」の状態。まだ審査は始まりません。

冨士 「審査してください」という申請(審査請求)を、特許出願から3年以内にしないといけません。

編集部 審査では、どんなことがチェックされるんですか?

冨士 新規性(世の中にまだ知られていないか?)、進歩性(簡単に思いつくことができないような工夫があるか?)、実施可能要件/サポート要件(実験データや論理的裏付けなどによって、発明がちゃんと実施できて期待した効果が得られるかといった証明がされているか?)――。主にこの3つです。「ペーパーインベンション」といって、頭の中で考えただけで、実際には実現不可能なアイディアとみなされてしまうと、審査で落ちることもあります。

編集部 審査を通ったあとは?

冨士 「特許査定」という通知が届き、登録料を払えば、正式に特許権が発生します。原則として出願から最大で20年間、他の人が勝手に使えなくなります。ただ、特許を受けることができない理由があるとして「拒絶理由通知」が届くことがあります。これに適切な対応ができないと、特許権を取得できないこともあるんです 。

武南 特許出願から特許取得まで、4~5年かかることが多いです。

■医療現場の「困りごと」が発明に

編集部 だからこそ、特許出願前の準備と、特許出願後の対応が大切なんですね。発明した先生とやりとりする中で、印象に残った研究はありますか?

冨士 北里大学には北里大学病院、北里研究所病院、北里大学メディカルセンターの3つの病院があります。そこでは、医師や看護師、作業療法士など、さまざまな専門職の方が患者さんに接しています。そうした現場での「困りごと」から発明が生まれることが多いです。

 たとえば「外転枕」。人工股関節の手術後は、関節が不安定で脱臼しやすくなるため、脚を外側に向けて固定する必要があります。従来の枕は大きすぎて寝返りが打てず、看護師がつきっきりで看病しなければなりませんでした。
 そこで、北里大学病院の看護師が考案したのが、太ももではさむ構造の枕です。これが特許となり、展示会で紹介したところ、医療系メーカーが手を挙げてくれて、製品化されました。


樋口 今年5月から販売が始まり、患者さんから「寝返りが打てる」「自分で簡単につけられる」と好評です。ベッドに寝たままでも、車椅子でも使えるんです。Amazonでも販売されています。

武南 医療現場で働いている方から「こんな簡単な仕組みでいいんだ」という驚きの声をいただいたときは、すごく嬉しかったです。

冨士 大学で生まれた発明・技術を企業に伝えて製品化してもらうことを、「産学連携」あるいは「技術移転」といいます。ライセンス契約を結び、企業と共同で製品化まで伴走します。これも、私たちの大切な仕事です。

樋口 「外転枕」も産学連携の一例ですね。大学見本市~イノベーションジャパン に出展し、関心を持ってくれた企業と共同研究を進めました。

武南 企業は利益を重視せざるを得ませんが、大学は社会への貢献も大切にしています。交渉は難しいですが、先生の努力に見合った対価を得る必要があります。知財は、大学の財産です。しっかり守っていきたいです。

吉澤 そうですね。先ほど医療現場からのニーズの話がありましたが、それに限らず、本学では本当に幅広い分野の研究が行われていると日々実感します。例えば、獣医学部の先生が、それまで難しいとされてきた牛の人工授精のタイミングを検知する装置を開発したことが印象的でした。先生自らが立ち上げたスタートアップ(ベンチャー)で商品化し、私はそのライセンス交渉と契約を担当しました。

樋口 企業との契約交渉はタフであることが多いのですが、最前線で頑張ってくれているみなさんには本当に感謝しています。

編集部 大変な交渉も多いのですね・・・・・・。部署は、どんな雰囲気ですか?

吉澤 ハードな業務が多いですが、困ったことがあっても、すぐ誰かに相談できるのでありがたいです。みんなでワイワイ楽しく働いています。

武南 (部署のある)部屋もこぢんまりしていて、振り返れば冨士さんがいます(笑)。

冨士 しょっちゅう話しかけられています(笑)。

武南 アットホームな雰囲気で、前例のないことにもみんなで対応していきます。やりがいがあります。

■発明の宝庫 「知財の北里」確立へ

編集部 他大学の知財部門と違いはありますか?

樋口 旧帝大や大規模私大はTLO(技術移転機関。大学の外部に、技術移転を担当する関連機関)を持っているところがありますが、北里大学は持っていません。ですから、イベント出展や技術移転は私たち大学職員が直接行っているのです。

冨士 担当が細分化されていて横の連携が難しい大学もありますが、北里大学では発明単位で担当者がつき、発明の製品化まで責任を持って対応することに加えて、樋口次長や自分が全体を俯瞰しています。部署内でも情報共有がしっかりしていて、他の先生の研究を紹介して共同研究に発展することもあります。

編集部 今後の目標は?

冨士 今は大村智記念研究所の知財が、知財収入の中心です。でも、北里大学には、医療系の学部に加えて獣医学部、海洋生命科学部、理学部、未来工学部など、たくさんの学部があり、さらには病院もあります。北里大学は発明の宝庫です。他学部からも社会を大きく変える発明を出していきたいですね。「知財の北里」を確立し、一緒に研究をしてくださる企業がどんどん手を挙げてくれる――。そんな好循環を目指したいです。

編集部 ありがとうございました。またお話を伺えるのを、楽しみにしています。

冨士 ぜひお越しください。まだ今は話せないネタがたくさんありますから。

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