透析医療 在宅で自由に ロッテが北里大学発スタートアップを支援 玉塚社長×ペク氏 対談

 ロッテホールディングス(HD)は、北里大学の研究から生まれた「水を使わない、在宅でできる透析装置」を開発するスタートアップ企業「フィジオロガス・テクノロジーズ」への投資を決めました。

 週に3回、1回4時間――。今の透析治療は、患者さんの仕事や自由な時間を制限しています。この現状を、北里大学の研究成果から生まれた技術がどう変えていくのでしょうか。ロッテHDの玉塚元一社長とバイオ事業責任者ペク・ジュン氏に、投資を決めた経緯と技術への期待、ロッテが力を入れる「バイオ医療領域」の事業について聞きました。(1回目/全3回)

 ――ロッテでは、お菓子などで培った製造業者としての知見を活かし、がん治療などの医薬品を開発・製造するバイオ医療を、新たな事業の柱と育てているとうかがっています。

 玉塚社長 ロッテグループのビジョンは、「Lifetime Value Creator(ライフタイム・バリュー・クリエイター)」です。お客様のライフサイクルが変化する中でも、その時々のニーズに寄り添い、新しい価値を提供し続けること。それこそが、社会においてロッテグループが果たすべき役割だと考えています。

 ホテル、エンターテインメント、流通小売――。ロッテのブランドは、日本では特にお菓子の領域で親しまれていますが、世界に目を向けると、韓国を中心に多岐にわたる事業に取り組んでいます。最近では、基礎化粧品やファインケミカル(高機能化学物質)、EVバッテリー(リチウムイオン電池)の素材となる銅箔なども製造しています。

 ロッテは1948年に日本で創業し、チューインガムの製造・販売を始めました。現在は、「キシリトール オーラテクトガム」というユーカリ抽出物を配合し、歯垢の生成を抑え、歯ぐきを健康に保つ特定保健用食品のガムを販売するなど、お口の中の「健康」を大切にして事業展開してきました。こうした成り立ちを踏まえ、より広い範囲での健康課題解決を目指しています。

 そのため、今後の大きな事業の柱として、バイオ医薬品の製造に特化したCDMO(医薬品開発製造受託機関)事業を育てる挑戦を始めました。2022年に設立したロッテバイオロジクスは、米製薬大手ブリストル・マイヤーズ スクイブ社が創業した製造拠点となる工場を買収しました。そこの工場の製造ノウハウを獲得する一方、ロッテ独自の工場を韓国のインチョン空港から近いソンド(松島)エリアに建設しました。来年から操業を開始します。

 また、こうしたバイオ医薬品の製造事業を進める上で、新しい薬やソリューションの開発に対するアンテナを持つことは重要です。そのため、ロッテHD内に2024年、革新的なヘルスケア技術の開発支援を行うCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル。事業会社が自社資金を用いて、主に未上場のスタートアップ企業に出資・支援する組織)を設立しました。そのCVCを含めたバイオ事業の責任者が、ペク・ジュンです。

 新しい医薬品を開発している企業に出資をすることで関係を築き、将来、その薬を大量生産する際、私たちのCDMO事業へとつなげていく――。こうした連携も見据え、CVCを運用しています。

 

 ロッテグループ全体では、お菓子だけでなく化学品やファインケミカルなど、世界中で100拠点以上の工場をマネジメントしています。バイオ医薬品の製造は安全性や衛生面、品質基準が厳しい世界ですが、私たちにはベースとなるものづくりのノウハウがあります。

 この製造技術と、「人々の健康に寄与する」という理念を念頭に、このバイオ事業に挑戦しています。

 ――北里大学発のスタートアップ企業「フィジオロガス・テクノロジーズ」(神奈川県相模原市)は、水を使わない在宅血液透析装置の開発に取り組んでいます。透析は、尿から老廃物や水分を排泄できなくなった「慢性腎不全」の患者さんが行う治療方法で、血液を綺麗にして水分を除去します。フィジオロガス・テクノロジーズに出資を決めた理由を教えてください。

 ペク氏 現役世代の患者さんが多い人工透析に関する開発は、社会へのインパクトが大きい領域です。国内の透析患者は34万人に達し、週3回の通院が就労や生活を制限する社会課題となっています。ロッテのCVCが投資するフィジオロガス・テクノロジーズは、水を使わずに、在宅で血液透析ができる装置の開発を通じて、患者さまが社会生活を維持しながら、自分らしく生きる未来の実現に挑んでいます。投資する価値が大きいと判断しました。

 

 ――フィジオロガス・テクノロジーズの開発は、具体的に、どのような社会的なインパクトをもたらすのでしょうか。

 ペク氏 今の日本では、在宅で透析をする場合、医療施設で使っている大きな透析装置をそのまま自宅に持ってくる形になります。そのため大量の水が必要で、専用の給水や排水工事を実施しなければなりません。また、装置自体も非常に高額で、操作も難しく使いにくいのが課題でした。

 そこを、フィジオロガス・テクノロジーズは、「水を使わない透析」技術で解決しようとしています。水を使わなければ、給排水の制限がなくなり、家の中の好きな場所で透析ができるようになります。新たに開発した自宅で使える小型の透析装置は、患者さんが自分で簡単に操作できるように設計されており、心拍や血圧、呼吸などを継続的に測定して異常を早期に発見する仕組みも備えています。

 欧米では在宅透析が広まりつつありますが、日本では普及が遅れています。それは、こうした技術的な課題や環境の制約があったからだと考えられます。在宅で、水を使わずに透析できる技術を日本が世界に広めていく――。これは、これまでの透析医療のあり方を根底から変えるパラダイムシフトになると考えています。

 ――改めて透析治療に関する技術に投資する意義についてうかがいたいです。

 ペク氏 現在は透析を行う病院に通うために仕事を諦めざるを得ない――。「働けない」透析患者さんが非常に多いのが現状です。自宅で自分の都合に合わせて透析ができるようになれば、現役世代の患者さんは、社会復帰が可能となります。

 玉塚社長 この大きな社会課題を解決するには、いくつもの道筋が必要です。新しい透析技術が突破口となり、社会全体のコスト負担を押し下げる可能性があります。

 ペク氏 通常の透析では、1回につき数百リットルの水が使われます。これを週3回、1年間続けると、患者さん一人ひとりが消費する水や電気などの資源は膨大な量になります。資源を有効に使うという観点からも、フィジオロガス・テクノロジーズの開発した技術には、大きな意義があると考えています。

 ――フィジオロガス・テクノロジーズとはどのようなきっかけで出合われたのでしょうか?

 ペク氏  私が以前、別の投資会社で仕事をしていた、米国の起業家支援プログラムに参加していて、そこで偶然出合いました。その技術について初めて話を聞いた時に、可能性を感じました。

 ――玉塚社長は、フィジオロガス・テクノロジーズの事業を最初に聞いた時にどう思われましたか?

 玉塚社長  私は(投資先を決める)投資委員会のメンバーです。立場上、極めて冷静に判断しなければなりません。担当者が「投資したい」とスタートアップ企業を探してきたとしても、すぐに投資を決めることはできません。

 市場の可能性、技術の実現性、経営者が最後までやり遂げられるのか、どのようなリスクがあるのか――。客観的に確認し、厳しく審査します。特に医薬のような難易度の高い分野で成功するのは、本当に一握りの世界ですから。

 

 それでも今回投資を決断したのは、市場の大きさと社会的課題を解決できる可能性を感じたからです。投資委員会の中では高度な議論も行われます。専門知識を持つスタッフたちが、実際に会社や工場へ足を運び、機械を自分の目で見て経営者と対話を重ねてくれました。そうした現場での手応えがあったからこそ、投資を決断できたのです。

 ――フィジオロガス・テクノロジーズは、北里大学の研究から生まれたスタートアップ企業です。北里大学の研究環境の強みなどはどこにあるのでしょうか?

 ペク氏 多くの大学のシーズ(研究の種)を見ていますが、大学は研究者がメインの世界です。その研究成果をビジネスの視点と結びつけ、起業させて会社として成長させていけるのか――。これは非常に難易度が高い挑戦です。

 今回、同社の取締役で、北里大学医療衛生学部の小久保謙一准教授が開発された研究の種を、宮脇一嘉代表が着実に事業化していく――。基礎研究をビジネスに昇華させていくその過程は、学ぶべき点が多いです。

 こうした成功例がどんどん出てくれば、日本のベンチャー業界全体も元気になります。日本は基礎研究が優れていますが、研究開発という「0から1」を、いかにビジネスとしての「1から100」へとスムーズにつなげていくか。大学の研究シーズを社会的に意義のある治療薬やソリューションという形にしていく、その過程を構築することが大事だと思っています。

 ――北里大学への思いについて、玉塚社長にうかがいたいです。

 玉塚社長  学祖の北里柴三郎先生が慶應義塾大学医学部の初代学部長も務められたという歴史をうかがっています。私は幼稚舎からの慶應義塾の出身者ですので親近感があります。

 慶應の親しい同期生も北里大学病院で医師をやっていて、今も私の健康についてアドバイスをくれたりしています。

 このように、北里大学には、尊敬できる医師の知り合いが多くいて、個人的な接点もありますが、それだけではありません。最先端の研究と、実際の医療現場での実践が両輪となって機能していると感じます。北里大学とこうしてご縁をいただけたことを非常にうれしく思っています。

 ――ありがとうございました。

玉塚 元一(たまつか げんいち)
ロッテホールディングス代表取締役社長CEO。1985年慶應義塾大学卒業後、旭硝子(株)(現AGC(株))入社。2002年(株)ファーストリテイリング代表取締役社長 兼 COO。2016年(株)ローソン代表取締役会長CEOなどを歴任。2021年6月、(株)ロッテホールディングス代表取締役社長CEO就任。

ペク・ジュン
ロッテホールディングス バイオ事業責任者。2005年Brown University生物学科 (博士号取得)。2021年早稲田大学大学院経営管理研究科卒業 (修士号取得)。2022年 (株)ロッテホールディングス、バイオ事業責任者、ロッテバイオロジクス社外取締役に就任。2024年 (株)ロッテホールディングス、ヘルスケア・バイオ医薬領域CVCを設立。

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