暮らしを整える「さじ加減」 緒方薬剤師に聞く漢方レシピ (下)

 漢方の知恵は、私たちの日常にどのように溶け込んでいるのでしょうか。北里大学北里研究所病院漢方鍼灸治療センター(東京都港区)の緒方千秋薬剤師に、自分に合ったお茶の選び方や、自宅で取り入れられる薬膳レシピを伺いました。心と体を健やかに保つための、深い知恵をひも解きます。(3回目/全3回)

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 ──私たちが生活に取り入れられるような、漢方的なお茶のレシピや、生薬(漢方素材)の具体的な活用法について教えていただけますか。

 ◆生薬は薬の原料の呼び名ですが、食用できるものは、スパイスとしてスーパーなどでも売っています。まずは、季節と不調を考えて作る「漢方茶」についてご紹介します。

 まず、ベースとなる茶葉を決めます。今は春なので、紅茶に桜の葉やラズベリーを混ぜたり、台湾の阿里山のお茶に、目に良い菊のつぼみやクコの実を混ぜたり──。ベースとなる茶葉がないと、漢方素材だけでは味が一定になりません。また、「決明子(けつめいし)」はハブ茶の原料です。目の充血、疲れ目などの改善に効果があるとされています。メンバーに薬剤師がいる歌手のグループ「ケツメイシ」の名前にもなっています。

 ──ベースになるお茶によって、体に与える影響も変わるのでしょうか。

 ◆緑茶、紅茶、ウーロン茶は全部同じ茶葉からできていて、発酵の度合いが違うだけです。でも性質は大きく違います。唯一、体を温めるのは紅茶です。緑茶は体を冷やす性質があります。だから夏の暑い時には緑茶がおすすめですが、冷え症の人には紅茶をおすすめしています。

 緑茶に菊のつぼみ、ケツメイシ、クコの実を合わせると、目と頭が痛いときにはぴったりの配合になります。気分転換したい時におすすめです。

 ──カフェインが入っていないお茶のほうが、体への負担が少ないと感じる方もいらっしゃいますよね。

 ◆そうですね。お茶には2種類あります。黒豆茶やハトムギ茶のように、茶葉が入っていないもの――。これらはカフェインが入っておらず、「茶外茶」と呼ばれます。一方で、緑茶、プーアル茶、紅茶などは同じ茶葉からできているので、カフェインが入っています。カフェイン入りのお茶で頭をすっきりさせたい時に飲む、あるいは刺激を避けるために茶外茶を選ぶ、といったように、体調に合わせて使い分けるのが良いと思います。

 ──いろいろな生薬(漢方素材)があるのですね。

 ◆日本でよく使われる生薬は、約300種類あります。インフルエンザの薬であるタミフルも、もともとは八角(はっかく)という生薬からできているんですよ。漢方では大茴香(だいういきょう)と呼びますが、この八角に含まれる成分を、複数回の複雑な化学反応を経て作ったのが、タミフルです。

 ただ、八角そのものを使って薬を作ると、お金がかかってしまいます。ですから、合成品を大量生産する。これが今の薬の姿です。この八角は、シナモンやショウガ、紅茶と合わせれば体を温める飲み物「チャイ」にもなります。

 漢方薬の原料として、本来捨ててしまう部位も活用しています。

 例えばみかんの皮。中身は缶に詰められますが、残った皮は胃の薬である陳皮(ちんぴ)になります。

 もともとみかんの皮は捨てるところですよね。それを生薬にする。古いという意味の陳という字がついているのは、時間を置くことで刺激が消えてまろやかになるからです。皮の裏の白い部分にはノビレチンという物忘れを改善する成分が多く含まれているといわれています。

 ※みかんの皮に関する関連研究(北里大学とエア・ウォーター みかんの皮を用いた老犬の認知症症状改善に関する共同研究成果を発表 ~未利用資源の有効活用による機能性ドッグフードの製品化とモニター募集の開始~|北里大学

 桃の種(桃仁)や牡蠣の殻(牡蛎)、セミの抜け殻(蝉退)もそうです。生活の中で捨てられてしまう部位を2000年前から薬にしてきました。漢方は現代の言葉でいうと、SDGsでもあるんですね。自然界にあるものを無駄なく活用してきた知恵です。

 ──気軽に作れる漢方素材を使ったメニューはありますか?

 ◆生薬と加工方法が似ている乾物も、自宅でよく使います。干しシイタケや干し大根、干しキクラゲも常備しています。キクラゲは、白と黒があります。白い食材は体を潤す作用があり、黒い食材はエネルギーになるので、使い分けています。

 週末に作るのは、干し貝柱でだしをとった薬膳スープです。ナツメ、クコの実、ショウガ、ネギや干しキクラゲなど、体に優しい食材、冷蔵庫に残っている野菜や肉も入れて、煮込みます。

 ──漢方鍼灸治療センター内の東洋医学資料展示室には、東医研・初代所長の大塚敬節先生の資料もあります。

 ◆大塚敬節先生は、漢方のパイオニアであり、東医研の創始者です。

 朝ドラ「らんまん」のモデル、牧野富太郎さんと大塚先生は同じ高知県出身で親友でした。肉派の牧野、野菜派の大塚、どちらを食すると長生きするかという対決をしたというエピソードがあります。おふたり共に長生きでしたが、牧野先生が94歳と勝利しました。

 江戸時代の名医、後藤艮山(ごとうこんざん)も、「一回の肉食は十回の野菜や三服の薬より大益がある」といっています。粗食が美徳とされていた時代に、先進的な考えを持っていました。また、トウガラシやうなぎを食し、お灸や入浴も大切にし、自らの健康維持には「養生」が第一と考えていました。

 展示室入口には、生薬の標本もずらりと並んでいます。ぜひ見に来てほしいです。

 ──漢方調剤室にある「百味箪笥(ひゃくみだんす)」を使って、今も一人ひとりに合わせた調合をされているのですね。

 ◆漢方薬の原料である生薬は、「百味箪笥」と呼ばれる引き出しに入っています。引き出しには、1種類ずつ、よく使用するものを入れています。

 葛根、麻黄、桂皮、生姜、甘草、芍薬、大棗──。風邪薬として有名な「葛根湯」は、7種類の生薬を合わせます。漢方は複合成分として効果を発揮しますが、患者さんの体調は一人ひとり違います。例えば血圧が高い方の場合、副作用として血圧上昇が報告されている「麻黄」や「甘草」を除いたり、少し減らしたりする微調整を行います。また、痛みがある場合には「附子」などの別の生薬を加えることもあります。

 江戸時代に医師が「おさじ(御匙)」と呼ばれていたのは、この「薬匙」というスプーンを使って、患者さんに合わせた「さじ加減」をしていたことに由来します。一人ひとりの体力、性格、冷え、食欲などを診て、このスプーンで生薬の量を決めていたようです。「さじを投げる」は、見込みがなくあきらめることを指しますが、医師が治療をあきらめることから生まれた慣用句です。

 ──漢方薬に使われる生薬には、身近な植物や意外なものも多いんですね。

 ◆「クチナシの実(山梔子)」なども生薬として活用されています。クチナシの実は、栗きんとんやたくあんの色付けにも使われますが、漢方では炎症を抑える薬になります。また、喉や肺の薬として使われる「桔梗」(桔梗の根を乾燥させたもの)は、韓国ではナムルとして食べられています。

 ──漢方薬の剤形についても教えていただけますか。

 ◆漢方薬には主に「煎じ薬」と「エキス剤」があります。煎じ薬は生薬をグツグツ煎出したスープです。例えるなら、専門店のコーヒーのようなものです。それに対してエキス剤は、インスタントコーヒーのようなものだと思ってください。エキス剤は、お湯に溶かして少し冷ましてから、生薬の香りと味を確認しながら飲むのが正しい方法です。

 当施設で処方される漢方薬(煎じ薬)は、40~50分かけて煎出し、1日2~3回にわけて食前か食間に飲みます。

 古い医学書である「傷寒論」にも、漢方薬は温めて飲むように記載されているものが多くあります。粉末のまま水で飲むのではなく、お湯に溶かして液体にすることで本来の剤形に戻り、香りと味による刺激も合わさって、より高い効果が期待できます。

 西洋医学の薬剤師は、次々と出てくる新薬の知識をアップデートしていく必要があります。しかし、漢方は2000年前の医学書、例えば「傷寒論」などに立ち戻っていく医学です。歴史の中で淘汰されずに残ってきた処方には、長い臨床経験に裏打ちされたエビデンスがあります。

 知識が使い捨てにならず、経験を重ねるほどに知識が積み重なっていく。私はこの年齢になったからこそ、歴史の重みも含めて、伝えられる引き出しが増えました。

 ──最後に、緒方さんがこれから大切にしていきたい想いをお聞かせください。

 ◆漢方においては、人体は「気」「血」「水」で構成すると考えられています。そのうち、「気」の概念がとても大切です。「気」は、体を循環するエネルギーのことで、生命活動を営む根源です。呼吸や、神経、精神などを指し、目には見えません。

 私自身も漢方の考え方をただ「教える」のではなく、気持ちを込めて、どうすれば心身が元気で健康になれるのかを「伝えたい」、と思っています。

 北里柴三郎博士の友人だった後藤新平の言葉にあるように、「人を遺すは上」という思いで今、後進の教育に力を注いでいます。2019年の「第70回日本東洋医学会学術総会」(東京)で、医学部と薬学部の学生が交じり、漢方について熱心に研究発表を行ったことが、印象に残っています。

 これからも情熱を持って、漢方の魅力を伝えていきたいですね。

緒方千秋 (おがた ちあき) 
1965年山形県生まれ。北里大学卒業後、一般企業を経て、1989年、北里に戻り漢方の道に飛び込んだ。現在は、30年以上の臨床経験を活かし、サービス精神と人の役に立ちたい気持ちで、漢方の啓発活動に取り組んでいる。また、漢方とサウナ、化粧品、食品など異業種との関わりを模索中である。これからも北里大学の一員として、漢方を通じて、地域の皆さんの健康維持に関わっていきたい。 

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北里大学北里研究所病院漢方鍼灸治療センター
東京都港区白金5-9-1

漢方治療と伝統的手法による鍼灸治療を行う、自由診療(保険適用外)の診療部門。
漢方外来では、医師による脈診、舌診、腹診など、漢方医学の伝統的な方法に基づき、患者さんの体調を診断しています。漢方薬剤科では、生薬(漢方薬の原料)に精通した薬剤師が、処方箋に基づき、漢方薬(煎じ薬)を調剤しています。患者さんの細かな体質を考慮し、生薬を加減したオーダーメイドの漢方薬です。

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東洋医学資料展示室
東京都港区白金5-9-1

漢方の歴史を伝える資料を展示。
古医書、巻物、道具のほか、漢方の原料である「生薬」の標本もずらりと並ぶ。

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