
プロ野球選手にケガのしにくい体の使い方を指導するなど、日々トップアスリートの体と向き合っている北里大学医療衛生学部の高平尚伸教授は、股関節治療の第一人者です。テレビ朝日系の健康情報番組「有働由美子の健康案内人!」に出演(2026年10月26~30日放送)するなど、メディア出演も相次いでいます。高平教授はなぜ、かつてあまり注目されていなかった「股関節」を専門に選んだのでしょうか? 名医が歩んできた道のりに迫ります。(1回目/全3回)
――現在はプロスポーツ選手の診療などをされていますが、先生ご自身も、学生時代はスポーツに打ち込まれていたのでしょうか?
高平教授 私は東京・町田市出身で、日大三中時代に初めてラケットを握り、その後本格的にテニスを始めました。当時は「自分以上に練習している人間はいない」と思えるくらい、テニス漬けの日々を送っていたんです。その猛練習の結果、中学3年の夏には全国大会でベスト8まで進むことができました。
ただ、限界を超えるまで自分を追い込みすぎた結果、大会が終わった後は燃え尽きてしまって、「もうやりたくない」というバーンアウト(燃え尽き症候群)のような感情すら残ってしまいました。嫌いになってしまうまで自分を痛めつけるというのは、良くないことなんだなと今は思っています。
――そこから、なぜ医師を目指したのですか?
高平教授 日大三高に進学してからもテニスを続け、都大会でベスト8まで進みました。ただ、プロになるかどうか迷った時、当時の日本の男子テニス界は、トップ選手でさえ世界大会に出ても1回戦で負けてしまうようなレベルでした。一方、アメリカなどでは、才能がある人は勉強もしながらスポーツを追求する選択肢が用意されていたんです。
そうした中で、腰を痛めるケガをしてしまい、インターハイ直前で負けてしまいました。この先をどうするか考え、「スポーツに関わる医療の仕事で、人の役に立ちたい」と思い、医学部と歯学部の両方を受験することにしたんです。

――医学部受験は、大変だったことと思います。
高平教授 高校3年になってから担任の先生に「医学部に行きたい」と伝えたら、「1年間の勉強で医学部に受かるわけがない」と言われました。
でも、この言葉で「1年で医学部に行ってやる」という気持ちが芽生え、勉強だけに集中しました。当時通い始めた予備校は浪人生を対象にした塾で、現役の高校生は日曜日しか授業を受けられませんでした。ですから平日は、高校の授業が終わったらまっすぐ家に帰り、日曜日の予備校の授業のためだけの勉強を、自宅でずっと続ける毎日です。集中して取り組んだ結果、北里大学の医学部に現役で合格することができました。
――医師となってから、どのような経緯で現在の専門である整形外科へ進まれたのですか?
高平教授 最初は、体全体を幅広く診ることができる点や、将来的に交通事故や労働災害などでケガをする患者さんが増えるだろうと考え、整形外科を選びました。スポーツにも関われるかもしれない、とも思いました。
そこから医師としての視点が広がったのは、北里大学病院の「救命救急・災害医療センター(当時は救命救急センター)」での2年間の経験です。救急には、命の危険がある重傷の患者さんが次々と運ばれてきます。医師たちは「命を救う」仕事をします。ただ、命が助かって状態が少し落ち着いた後、痛めた体を元通りに動かせるようにする治療は、私たち整形外科医の仕事です。

スポーツの現場でも同じです。試合で選手がケガをした時、応急処置としてギプスを巻くことはできても、その後に選手を確実に治して、再びトップレベルの現場に復帰させるには、専門的な治療の知識が欠かせません。「華やかなスポーツの現場に出る前に、まずは普通の患者さんのケガを治せる土台となる専門知識が絶対に必要だ」と、実感しました。
――高平教授の専門分野は、股関節治療です。股関節を専門に選んだのはなぜですか?
高平教授 2000年、救命救急・災害医療センターから整形外科(北里大学医学部)に戻った時、当時の教授から「股関節を担当していた先生が辞めてしまったから、代わりにやってくれないか」と声を掛けられたのがきっかけです。ただ、次第に、研究を深めるうちに、股関節が人間の体にとって、重要な場所だと気づいたんです。
股関節は、人間の体の中心の深いところにある最も大きな関節です。丸いボールのような形をしていて、自由に動きます。上半身と下半身をつなぎ、体重を支え、私たちが「立って歩く」などの移動をするために絶対に欠かせないコアとなる場所なんですね。
股関節の調子が悪くなると、ベッドから起きてトイレに行ったり食卓へ向かったり──。といった日常の移動ができなくなり、介護が必要な状態になってしまいます。
当時、全国的には股関節外科を専門にしている医師はそれなりにいました。しかし、スポーツとの関わりは乏しい状況でした。私は2007年に医学部整形外科から医療衛生学部リハビリテーション学科の教授として異動し、理学療法学も専門として関わることになりました。この時に環境がガラッと変わり、スポーツとの距離が近づきました。ただ当時、スポーツに関わる整形外科の医師といえば、肩や膝を診察する人がほとんどでした。
またスポーツに関わる整形外科の医師からは、股関節は体の奥深いところにあるため外から分かりにくく、仕組みが解明されていないブラックボックスのように捉えられていました。当時、股関節の研究とスポーツを結びつけて考える医師は、日本にはほとんどいなかったんです。
私はそこに気づいた時、「誰もやっていないなら、取り組もう」と直感しました。もともと自分がスポーツ好きだったこともあり、研究にのめり込んでいきました。
股関節や姿勢の研究を深めていく中で、これまでに特許を19件、出願中のものを含めると33件(2026年1月現在)取得しています。その中でも今一番推しているのが、座面の角度を変えられる椅子です。
見た目は普通の椅子なのですが、座面の角度を5度ずつ細かく調整できる仕組みになっています。人の骨盤の倒れ方や姿勢の癖は一人ひとり違うため、全員が同じ平らな椅子に座っても正しい姿勢にはなりません。
座面の角度をその人の骨盤に合わせて少し傾けてあげることで、骨盤が立ちやすくなり、自然と良い姿勢を保てるようになります。
──次回は、股関節治療を専門に選んだ高平教授が、スポーツ医療やリハビリテーションの研究を深め、多くのアスリートを支えるようになった経緯などをお伝えします。

高平 尚伸(たかひら なおのぶ)
1964年東京都生まれ。1989年北里大学医学部卒業。医学博士。2007年より北里大学医療衛生学部教授。股関節学、リハビリテーション学、スポーツ医学を専門とし、日本テニス協会や柏レイソルなどスポーツの現場でも活動。東京2020オリンピックでは選手対応ドクターを務めた。医学書や雑誌の執筆・監修・編集などにも携わる。ストレッチや股関節に関する著書は「股関節痛 こわばり・だるさ・脚長差 自力で克服!名医が教える最新1分体操大全」「どんなに硬い体も柔らかくなる!名医が教えるすごいストレッチ」 (文響社)など、ベストセラーも多数。テレビや雑誌などを通じて、「正しく体を動かすこと」の大切さを幅広い世代に伝えている。研究の森
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