研究の森

2026.7.30

「眼」の可能性で社会を変える――人と人をつなぎ、学びと社会を結ぶ研究者

「見えないのに、本なんて読めないですよね」

 視覚の発達期に適切な視覚刺激が得られず、眼鏡などで矯正しても十分な視力が得られない状態を「弱視(じゃくし)」と言います。治療では、見えやすい方の目を隠し、見えにくい方の目を積極的に使う訓練が行われます。その一環として、本や絵本を読むことが勧められることもあります。
 弱視の子どもを持つ保護者から言われたこの一言が、弱視治療のあり方を変える挑戦のきっかけとなりました。

 医療衛生学部の半田知也教授は、視覚科学を専門とし、弱視治療をはじめ、視機能評価やスポーツビジョンなど幅広い研究・開発に取り組んでいます。 
 人をつなげる力を生かし、大学の枠を飛び越え、様々な企業や団体をつなげて協力しあいながら、ゲームを活用した「楽しい」弱視訓練や視力検査方法の開発、スポーツ選手の「見る力」の研究など、医療の枠を超えた活動にも取り組んでいます。
 学生たちに「学びが世の中につながる喜び」を感じてもらいたい――。そんな思いから、企業と協力した商品開発やプロジェクトづくりなど、教室の外へ学びを広げる取り組みを続けています。

 「コミュニケーションが服を着て歩いている!」と学生から評される半田教授。40秒でどんな人なのかお伝えします!

 広島県尾道市で育った半田教授。高校時代にテレビで見た「錯視(さくし) 」に魅了され、視覚の世界へ進みます。そして、病院で出会った子どもたちとの経験が、現在の研究や活動へとつながっていきました。

――そもそも、眼や視覚の研究をしようと思ったきっかけを教えてください。

 ◆本質的には、医療職を目指していたわけではないんです。
 高校生の頃、テレビで錯視の特集を見て、「人はなぜ同じものを見ているのに違って見えるんだろう」と思ったんです。その頃に出会ったのが、下條信輔先生の『視覚の冒険』という本でした。
 普通の人が見ている世界は、ただそのまま見えているわけじゃない。私たちの目や脳の仕組みに支えられて見えている。だったら、その仕組みを利用して検査や治療もできるんじゃないかと思ったんです。
 今思うと、高校生らしい発想ですよね(笑)。

――高校生のときに錯視に興味を持ったことがきっかけで、大学から視覚について学んだんですね。

 ◆そうですね。地元の近くで、視覚科学を学べる大学に進学しました。医療職になりたいというより、「視覚」を学びたかったんです。そして大学卒業後は、北里大学の大学院医療系研究科へ進みました。これは自分で決めたというより、指導教員の先生方から「東京へ行った方がいいんじゃないか」と勧められたんです。
 当時の医療系研究科は開設されたばかりで、私は第1期生でした。

 できたての医療系研究科での研究生活は、何もないところからのスタートでした(笑)。机もないし、部屋もない。今だから笑えますけど、本当にそんな感じでした。
 また、身一つで上京した上に奨学金も借りていましたから、学びながらも働かないと生活していけませんでした。昼は病院で働いて、夕方から大学院に戻って講義を受ける。夜は研究をする。土曜日も別の病院で働いていました。

 でも、その経験がすごく大きかったんです。病院で患者さんと向き合いながら研究できましたから。

 ――ハードな生活をされていたんですね…!当時の生活の中で、今の研究につながる出来事があったのでしょうか。

 ◆ありました。弱視の子どもたちとの出会いです。
 当時も今も、子どもの弱視治療の基本は、よく見える方の目を隠して、見えにくい方の目を使う訓練です。視能訓練の教科書にもそう書かれてありますし、理論的には正しい方法です。
 ただ、実際にはそれだけではうまくいかないこともあります。例えば、見えにくい方の目を積極的に使うために、「普段から絵本を読んだり、文字を見たりして過ごしてください」とお伝えすることがあります。しかし、視力が低い子どもにとっては、それ自体がとても大変なことです。ある保護者の方から、こんな言葉をいただきました。

「先生、うちの子の視力、分かっていますよね。見えないのに、本なんて読めないですよね」

 私は、その言葉が今でも忘れられないんです。
 教科書は間違っていません。でも、その子にとって本当に続けられる方法なのかという視点も必要だと思ったのです。
 当時は学生でしたが、「教科書に書いてあるから仕方がない」ではなく、「もっと続けやすい方法はないだろうか」と考えました。
 その時の思いが、今も研究の原点になっています。
 患者さんや保護者の方々との出会いが、そのことを教えてくれました。研究室の中だけでは気づけなかった大切な学びだったと思っています。

 ――その一言が、今も先生の活動の原動力になっているんですね。

 ◆そうですね。大学院生当時、やりたいことが3つありました。
 一つは弱視治療。一つは、利き目(ききめ)を評価する新しい視機能検査装置。そしてもう一つが、スポーツや映像など、眼科以外の分野との連携です。
 教科書通りの弱視治療が現場で十分に機能しなかったという経験もあり、今あるものを少し良くしたいというより、「まだ誰もやっていないことをやりたい」という気持ちが強かったんです。

 でも、地方から上京した私には、お金も人脈も実績もなかった。だから、やりたいことをやるために、まず結果を出すことから始めました。当時は今以上に、医療技術職の研究者が英語論文を書くことが珍しい時代でした。
 最初に取り組んだ研究は、現在の弱視研究とは異なるテーマでした。女性の看護師さんから「コンタクトレンズが合わない日がある」と言われたことがきっかけで、装置を使って角膜形状を24時間にわたり経時的に計測してみました。
 その結果、女性では角膜の形状が日内変動することが示されたのです。「なんとなくコンタクトレンズが合わない」のではなく、その理由を数値で示すことができました。この着眼点が評価されて、すこしは研究者として認識してもらえるようになりました。

――「なんとなく」を、しっかり数値で示したんですね。

 ◆「測れないから研究できない」ではなくて、「測れるようにすれば研究できる」という考え方でした。だから装置も自分で作ってしまうんです。

 データでしっかり示すことが出来れば、人脈も資金も十分でなくたって、みんなが結果を見てくれる。それが結果的に論文や特許につながっていきました。今も、研究室に3Dプリンターを設置し、そのときどきで必要なものをオリジナルで作っています。
 私は昔から「なければ作ればいい」と思うタイプなんです。発泡スチロールを買ってきて、装置を作ったこともあります。近くのホームセンターやDIYショップへ行って部品を買ったりしていました。

 とにかく結果を出せばみんなが認めてくれる。そんな風土がある北里での研究が合っていると感じていました。もちろん、私の思い込みかもしれませんが(笑)。

――北里大学で研究を続ける中で、どんなところに魅力を感じましたか。

 ◆自由だったことですね。私のことを知る先生方からは、「半田先生は北里の水が合ったね」とよく言われます。私自身も、そう感じています。
 もちろん放任という意味ではありません。自ら考え、結果(アウトプット)を出すことが求められる。でも、結果を出せば認めてもらえる。そこがすごく大きかったです。
 例えば、「こんな研究をやりたいんです」と言うと、周りの先生たちは「いいんじゃない」と賛成してくれる。でも、手取り足取り教えてくれたり手伝ってくれたりはなく、基本的には自分の力でやるんです(笑)。
 予算も自分で考える。データも自分で集める。結果が出たら初めて、「それは面白いね」と言ってもらえる。私はそういう環境がすごく好きでした。

 また、医療系の世界は、どうしても職種の違いが強く意識されることがあります。でも北里大学は、医師も看護師も薬剤師も視能訓練士も、みんな医療チームの一員として考える文化があるんです。私は視能訓練士の立場ですが、職種に関係なく、「面白い研究だから」と評価してもらえた。それは本当にありがたかったですね。

――異なる職種の人との関わりや、結果を見てもらえたことが、さまざまな企業との共同研究にもつながっていったのでしょうか。

 ◆そうですね。実は私、よく展示会へ行っていたんです。医療に直接関係するものだけでなく、映像機器展とか画像技術展とか。普通の医療系の研究者はあまり行かないかもしれません(笑)。
 でも私は、医療や眼に関するものだけを見ていても新しいものは生まれないと思っていたんです。

 ある時、展示会で、企業の方に「こういう検査装置を作りたいんです」って話しかけてみたことがありました。当時まだ駆け出しで無名の研究者だった私は、最初は全く相手にされませんでした(笑)。でも諦めずに翌年も行ったんです。そうしたら、昨年とは違う担当者の方が興味を持ってくれて、「面白そうだから話を聞かせてください」と言ってくださった。そこから共同研究が始まりました。

 その出会いが大きかったですね。医療の人。映像の人。放送の人。スポーツの人。いろんな人と議論するようになりました。 

 ――半田先生は、現在の活動でも、様々な企業や団体と関わっていますね。

 ◆私は、自分一人で何かを生み出している感覚がないんです。研究もそうです。誰かの技術と、別の誰かの技術を組み合わせる。
 スポーツと視覚科学をつなぐ。ゲームと医療をつなぐ。学生と企業をつなぐ。そうすると、新しいものが生まれるんです。

 私は自分を触媒(しょくばい)みたいなものだと思っています。自分一人でゼロから何かを作るのは難しい。でも、「この人とこの人が出会ったら面白いかもしれない」というのは分かる。だから今も、人と人をつなぐことを大事にしています。

 小さな子どもでも飽きにくく視力検査ができて弱視を早期発見しやすくする「へんしん!にんじゃくし」というアプリや、楽しみながらゲーム形式で、いい方の目を塞がないでもできる弱視訓練ができるタブレット型弱視訓練装置。野球選手が球を見やすいようにするギア 。他にも眼のトレーニング装置や検査装置など、さまざまな開発や研究に関わったものがいろいろとありますが、企業やスポーツチームとの関わりがあったからこそ実現できたことです。

 私一人ではできなかったことも、人とのつながりから生み出し、その効果を数値で客観的に調べることができました。

――最後に、中高生へメッセージをお願いします。

 ◆未来は決まっていないんです。だから面白い。
 私も高校生の頃、将来まさか弱視の研究をしているとは思っていませんでした。
テレビで錯視を見て面白いと思った。その気持ちがずっと続いているだけなんです。
 だから、好きなことを大切にしてほしいですね。今は意味がないように見えても、将来どこかでつながるかもしれません。
 私自身が、そうでしたから。 


 次回は、半田教授が目指す視覚科学の未来をご紹介します。さらに、企業とタッグを組み、視覚に関する新たな商品開発に挑む半田研究室の学生たちにも密着。その挑戦の様子をお届けします。

半田 知也(はんだ ともや)
北里大学医療衛生学部視覚機能療法学専攻教授。視覚科学・眼科学を専門とし、医療・スポーツ・産業分野における視覚機能の研究を展開している。
近年は、スポーツビジョンやeスポーツ、モビリティ分野へ研究領域を拡大し、視覚情報を活用したヒューマンパフォーマンスの向上やデジタルヘルスに関する研究に取り組んでいる。
国内外の研究機関との共同研究や産学連携にも積極的に取り組み、研究成果の社会実装を目指している。

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