
子どもの弱視治療にゲームを取り入れる。プロ野球選手の「見る力」を支える。学生や企業とともに、新しい製品を生み出す。
医療衛生学部の半田知也教授の研究は、病院や研究室の中だけでは終わりません。
「研究は、誰かの役に立つ形になって初めて完成する。」
そう考える半田教授は、さまざまな企業やクリエイターと手を組みながら、"眼"の可能性を社会へ広げ続けています。
【前回の記事はこちら】
「眼」の可能性で社会を変える――人と人をつなぎ、学びと社会を結ぶ研究者
今回は、医療と異分野をつなぐ産学連携の裏側と、その原動力について伺いました。
――先生は医療だけでなく、メーカー、デザイナーなど、本当にさまざまな分野の方と共同研究をされています。こうした産学連携は、どのように始まったのでしょうか。
◆実は、「自分が何かを発明した」と思ったことがないんです。私一人では何も作れません。
やっているのは、誰かが持っている技術を、別の分野へつなげることなんですね。だから、新しいものをゼロから生み出しているというより、「この技術をこう使ったら、もっと人の役に立つんじゃないか」と考えることが多いです。
例えば、視力検査アプリ「へんしん!にんじゃくし」もその一つです。もともとは紙の教材から始まったアイデアでしたが、「子どもたちがもっと楽しみながら取り組める方法はないか」と考え、クリエイターや企業と議論を重ねる中でアプリへと発展しました。
私は、自分一人で研究を進めるタイプではありません。医療の専門家と、メーカー。学生と企業。それぞれが持っている強みをつなげると、新しいアイデアが生まれます。私自身が前に出るというより、「人と人をつなぐ役割」が一番向いているんだと思います。

――先生の研究は、医療だけではなく、プロスポーツの世界にも広がっていますね。
◆そうですね。最初からスポーツに関わろうと思っていたわけではありません。講演をしたことがきっかけで、「一度話を聞いてみたい」と声をかけていただくようになったんです。
そこから少しずつご縁が広がっていきました。今はプロ野球チーム・東北楽天ゴールデンイーグルスで、選手たちの「見る力」をサポートしています。
一般的な視力検査では「異常なし」と診断される選手でも、「最近フライが見えにくい」「打球との距離感がつかみにくい」といった悩みを抱えていることがあります。そんな"病気ではないけれど困っていること"を、視覚の専門家として一緒に考えているのです。
――医療とスポーツでは、求められることも違ってきますか。
◆全然違います。病院では病気を診ますが、スポーツ選手は病気なく健康な状態から「もっと良くしたい」と追及する世界です。だから私も、「こうした方がいい」と押しつけることはしません。
プロ野球の選手たちは、それぞれに独自のバランス感覚があります。姿勢や目の動きの癖が一人ひとりにあり、教科書的には必ずしも正しいと言えないアンバランスによって成り立っている強みもあるのです。そこを教科書通りに直してしまうと、その強みまで失われてしまうかもしれません。だから、選手が困っていて、意見を求められたときだけ、一緒に原因を探す。そこは医療と同じ姿勢なんです。
大切にしているのは、「診断」ではなく「気づき」を届けること。目の動きや姿勢、体の使い方を見ながら、「首の動きが影響しているかもしれませんね。」「一度、この分野の先生にも相談してみませんか。」と提案します。そんなふうに専門家同士をつなぐ役割も担っています。これも、人と人とのつながりですね。

例えば、スポーツ選手が目の下に貼る「アイブラックシール」。メジャーリーグなどではおなじみですが、本当に見えやすくなるのかは、十分に検証されていませんでした。
感覚ではなく、きちんと数値で証明するため、実際の球場で測定器を用いてデータ検証を行おうと、学生達と共に準備を進めています。通常は球団の選手たちと関わりを持つこと自体が学生にとって容易ではありません。しかし私は、ビジョンアドバイザーとして球団や選手との信頼関係を築いてきました。だからこそ、実際の球場で効果を測定し、学生にも、その現場を見せることができる。そこが一番大きいと思っています。
憧れの選手と関われる社会実装の形もあることが伝われば、学生のモチベーションにもなり、そこからまた新しいアイデアが生まれ、新しい商品やサービスが北里から生まれるきっかけにもなるはずという思いです。

――先生は、学生の皆さんを学外の企業や団体との活動に積極的に参加させていますね。
◆それは、私が一番やりたいことなんです。私が商品を作ることが目的ではありません。
学生たちに、「研究が社会で役に立つ瞬間」を経験してほしいんです。私のゼミでは、企業との共同研究に学生も加わります。企画を考える。企業へプレゼンする。試作品を作る。商品化を目指す。教室の中だけでは学べない経験を、日常的にしてほしいんです。
最近では、私が監修した視力検査アプリ「へんしん!にんじゃくし」に関わった広告会社のクオラスさん、「世界一黒い黒」を作る暗素研さん、この2社と学生が新しい文具やデスクアイテムの開発を試みています。

――学生のうちから企業相手にプレゼンもするんですね。緊張しそうです…
◆本番まで、学生たちはスライドやプロトタイプ商品の作成など入念に準備をしていましたね。当日も、プレゼンの直前まで相談に乗っていました。
商品は、現在の文具が抱える問題を、暗素研さんの「世界一黒い黒の素材」を使って解決するものでした。文具と一番身近に接している現役の学生だからこその視点に、最初は座って聞いていた企業の方も、身を乗り出してプロトタイプ商品を見たり、実際に触ったりしながら、実現できるかどうかを考えてくださり、改善策をアドバイスしてくださいました。

――普通の授業とは、かなり違いますね。
◆私は、「これを研究しなさい」とテーマを決めることは、ほとんどありません。学生がやりたいことを聞いて、「じゃあ一緒に考えよう」と言います。必要なら企業にも電話します。そのテーマに合う人を紹介することもあります。
本気でやりたいなら、本気で応援したいんです。実際に企業の担当者から直接意見をもらいながら、何度もアイデアを練り直すこともあります。それは決して楽な作業ではありません。それでも学生たちは、「自分たちのアイデアが本当に世の中へ出るかもしれない」という期待を胸に、真剣に取り組んでいます。
――活躍のフィールドがどんどん広がっていますね。
◆私自身は、意図的に活動を広げようと思っているわけではないんです。誰かから相談されて、「それなら一緒に考えましょう。」そうしているうちに、ご縁が次のご縁につながってきました。
だから研究というより、人との出会いが研究を広げてくれた感覚なんです。
今はプロゴルファーへのサポートや、eスポーツ分野への展開も始まっています。競技は違っても共通しているのは、「見る力」がパフォーマンスを左右するということ。
病気を治すだけではなく、"視覚科学を活かす"という考え方が、スポーツの世界でも広がり始めています。
「眼」だけを見るのではなく、その先にいる子どもたちや患者さん、アスリート、そして社会を見る。
"視覚"という一つの専門性が、ゲームにも、スポーツにも、そして未来の新しい産業にもつながっていくのです。

――これからは、どんなことに挑戦していきたいですか。
◆私は、「眼」を起点として、「視覚科学」という学問が持つ可能性をもっと広げたいんです。
今は眼科、リハビリテーション、スポーツ科学、デザインなど、それぞれが別々の分野として研究されています。でも、本来は全部つながっている。
私は、その真ん中にある新しい学問を育てていきたいと思っています。
「視覚科学」を軸に、医療やスポーツ、デザイン、ものづくりなど、さまざまな分野をつなぐ研究領域そのものを育てていくこと。
それは、一つの専門分野にとどまらない、新しい研究の形でもあります。
――学生には、どんな未来を目指してほしいですか。
◆専門性を大切にしながら、その専門性に捕らわれすぎず、広く視野を広げて羽ばたいてほしいですね。
例えば、医療を学んだからといって、活躍の場は病院だけではありません。患者さんと向き合ってきた経験や、人を理解する力は、企業でも、スポーツの現場でも、教育の場でも生かすことができます。
医療を学んだからこそ見える景色がある。学生にもそんな視点を持ってもらい、「医療を学んだからこそ、他にこんなこともできるんだ」と、自分で未来を切り拓ける人になってほしいと思っています。
それが、大学で学ぶ意味だと私は考えています。
研究室の中だけでは生まれないアイデアがあります。異分野の人との出会いがあります。そして、「誰かを助けたい」という思いを形にできる機会があります。
学生たちには、そうした出会いや挑戦を通じて、自分の可能性を広げていってほしい。その先にある新しい景色を見てほしいと思っています。

半田 知也(はんだ ともや)
北里大学医療衛生学部視覚機能療法学専攻教授。視覚科学・眼科学を専門とし、医療・スポーツ・産業分野における視覚機能の研究を展開している。
近年は、スポーツビジョンやeスポーツ、モビリティ分野へ研究領域を拡大し、視覚情報を活用したヒューマンパフォーマンスの向上やデジタルヘルスに関する研究に取り組んでいる。
国内外の研究機関との共同研究や産学連携にも積極的に取り組み、研究成果の社会実装を目指している。研究の森
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