
北里大学メディカルセンターでは動物介在療法(AAT)を導入しています。動物介在療法(AAT)とは、動物の存在や動物との関わりから生じる人への有益な作用を、医療者が人の治療に活用するものです。医療者による目的設定、計画作成のもとに実施され、電子カルテなど公式な記録を伴います。「医学の知識」×「獣医学の知識」×「日本盲導犬協会の犬の行動管理」のノウハウが集結する北里大学メディカルセンターで、前例がほとんどない国内急性期病院での試みを行っています。動物介在療法チームの一員として活動している犬は、「北里メディカルドッグ」(独自呼称)と呼ばれています。
2025年4月23日(水)に実施された「北里メディカルドッグ交代式」後、動物介在医療運営委員会スタッフである山本委員長(精神科医師)と饗庭AATコンサルタントに北里大学メディカルセンターにおける動物介在療法についてお話を聞きました。

――北里大学メディカルセンター(以下、KMC)における動物介在療法(以下、AAT)の特徴について教えてください。
◆最大の特徴は、多職種の医療スタッフが連携して取り組んでいることだと思います。北里大学は、獣医学、医学、看護学、医療衛生学など、生命科学のあらゆる分野を網羅した“生命科学の総合大学”です。そのため、各分野の専門知識や技術を集結させてAATに取り組めるという、非常に恵まれた環境があります。
また、日本盲導犬協会が本学のAATの取り組みにご協力くださっていることも、私たちにとって大きな力となっています。北里メディカルドッグを担ってくれる犬の適性や行動に関する専門的な指導はもちろんのこと、犬とペアを組むハンドラー(犬の訓練や世話、AATにおける介在活動を担う職務にあたる人)に対する教育にも、時間と手間をかけてくださっています。
当院では、医療スタッフの中からハンドラー候補を選出し、日本盲導犬協会の支援のもとで綿密なトレーニングを受け、必要な技能を段階的に習得していきます。基準に合格するまで、何度でも丁寧な指導をいただけますし、活動開始後も、犬とハンドラー双方の行動や健康状態を定期的にチェックしていただいています。こうした体制があるからこそ、安全で質の高いAATが実現できているのだと実感しています。
――「人間には、犬が幸せに生活できるようにする責任がある」という、“犬の福祉”の考え方を大事にしているとのことですが、具体的に紹介できる取り組みはありますか。
◆KMCでは、犬が喜んで病院に来てくれることを大切にしています。飼育者やハンドラーは、犬が楽しく前向きな気持ちで活動できているかを日々観察しています。そのうえで、犬それぞれの得意なことや個性を理解し、AATの中で活かしていくことを心がけています。例えばキース君は、KMCに来る日になると、玄関で車に乗るのを足踏みして待っています。その様子から、これから自分のやりたいことができる、というワクワクした気持ちであることが分かります。AATの活動になると意気揚々と現場に向かい、患者様に会うと嬉しそうに挨拶をして、そっと寄り添います。静かに寄り添っているので、周囲からは「寝ちゃったみたい」と思われることもありますが、患者様はキース君を穏やかに撫でたり、時には抱きしめたり、とても嬉しそうな表情をされます。涙を流しながら「理由はわからないけど泣けてくるの」とおっしゃった患者様もいらっしゃいました。キース君は静かに寄り添うことで、患者様の心を開いているのだと思います。キース君は遊ぶことも好きですが、一番好きなのは、患者様にぴったりと寄り添うことです。
一方、3代目のヨー君はおもちゃ遊びが大好きで、患者様と一緒に遊ぶ時間を楽しみにしています。KMCに来ると、病院に入るのが楽しみでウキウキしている様子が見られます。AATでは、患者様が何度おもちゃを投げても嬉しそうに持ってきて「もっと投げて」と催促したり、難しいおもちゃを上手に使って見せたりします。大きな身体のヨー君とダイナミックに一緒に楽しく遊んでいるうちに、患者様は元気をもらっているようです。AATのあと、帰るときに名残惜しそうにもう一度病院に戻ろうとする様子からも、病院が楽しい場所だと感じていることが伝わってきて、こちらも嬉しくなります。
このように、それぞれの犬の個性をよく観察しながら、犬たちが前向きに活動できるよう環境を整えていくのが、ハンドラーチームの役割です。犬に必要な環境を整えていく作業はハンドラーチームの力だけでは限界があるため、AATに関わる多職種チームの協力により、感染面や安全面なども含めた環境整備を進めています。
――AATを任せるようになるまで、北里メディカルドッグへ具体的にどのようなトレーニングをしていますか。
◆日本盲導犬協会からAATに向いている候補犬を提供していただき、その犬とペアを組む医療者がハンドラーとなります。この「犬とハンドラーのユニット」は、日本盲導犬協会にて、ハンドリングトレーニングとあわせて、犬のケア全般についても指導を受けます。 その後、実際に病院で安全に活動ができるよう、犬を病院の環境に慣らしながら、ユニットでのトレーニングを重ねていきます。病院内の音や匂い、医療機器など、犬によって敏感に反応する対象はさまざまです。そのため、犬の様子を丁寧に観察しながら、一歩ずつ慎重にトレーニングを進めていきます。
環境への順応が進むと、日本盲導犬協会によるユニット評価を受ける段階に入ります。ここでは、練習が必要な課題を提示していただき、具体的な取り組み方を学びながら更なる成長を目指します。最初のうちは、どのユニットも戸惑いや悩みを抱えるものですが、経験を重ねるうちに、いつの間にか息がぴったりと合った、堂々たるユニットへと成長していきます。
――メディカルドッグの一日について教えてください。
◆犬によってスタイルはさまざまですが、例えば4代目ジャム君のように、KMCで勤務する医療者が飼育し、ハンドラーとなる場合もあります。このようなケースでは、犬は毎日ハンドラーと一緒に通勤し、病院に常駐しています。AATの活動がない時間帯には、ハンドラーのデスク横でのんびりと過ごし、昼休みにはAAT待機室で遊んだり、散歩や広いグラウンドを走り回ったりします。負担にならない範囲で、研修会などにもハンドラーと一緒に参加することもあります。北里メディカルドッグは人が大好きで、たくさんの人と過ごす時間をとても楽しんでいるようです。
AATの活動は、現在は週に1回を基本としています。それ以外の日には、病院内を歩きながら、スタッフや患者様のいる病棟の様子を見に行ったり、AATを受けた患者様の退院時に挨拶に行ったりもします。「メディカルドッグが院内を歩いているのを見るだけでも、気持ちが和んで癒される」と、病院スタッフからもよく声をかけていただきます。
AATは、医療者からの依頼に基づき、AAT事務局が実施スケジュールを調整して行います。ハンドラーは、対象となる患者様の状況やAATの目的を確認し、それに応じた準備を整えて活動に臨んでいます。
――医療者のAATに対する理解や、医療行為とのマッチングも深くないといけませんね。
◆医療現場にAATを導入する際、医療者側が「AATで何が行われるのか分からない」状態では、なかなか導入が難しいと思います。実際には、病院内でAATの目的や進め方について丁寧に擦り合わせを重ねる中で、少しずつ理解が深まっていきました。特に、AATを導入した医療者から「良い効果があった」という実例が共有されることで、それを聞いた他の医療者が「自分の患者様にも取り入れてみたい」と感じ、少しずつ広がっていったのです。このようにして、AATは病院の中で自然な形で浸透し、チーム医療の一つとして受け入れられるようになっていきました。

――KMCにおけるAATについて病院内外での反応はどのように変化がありましたか。
◆AATを導入するにあたり、医療安全に関する部門とも連携を図りました。導入前には、「万が一、事故が起きた場合は誰が保障するのか」といった懸念の声も上がりました。そのため、保険会社や弁護士とも相談を重ね、万全な準備を整える必要がありました。
また、全職員を対象に意識調査を実施したところ、犬が苦手だという職員が数名いることも分かりました。そうした声にも丁寧に向き合いながら、少しずつ理解が深まるよう準備を進めてきました。今では、犬が苦手だったスタッフからも「北里メディカルドッグなら安心できる」「この子達なら大丈夫」といった声が聞かれるようになりました。中には、犬が苦手な医療者が「この患者様にはAATが必要だ」と感じて依頼を出し、効果が最大限に得られるよう、患者様と犬のために最適な環境を整える姿を見ることもあります。そのような場面に立ち会うたびに、ありがたい気持ちでいっぱいになります。AATは病院スタッフ全員で進める取り組みです。お互いにカバーし合いながら、多職種によるチーム医療の形が自然と築かれていきました。
また、患者様の中には、難治性の病気で何度も入院を必要とされる方が、「AATがあるからこの病院を選びたい」と、遠方から来院されるケースもありました。
「病院に犬がいるけれど、安心・安全ですよ」ということを地域の皆様にもご理解いただくため、日本盲導犬協会のご協力のもと、地域向けのイベントも開催しました。ありがたいことに、これまで来院された方からAATに関してご不安の声をいただくことはなく、少しずつ地域の方々にも受け入れていただける活動になってきたと感じています。
――印象的だったエピソードはありますか。
◆私(山本)は精神科の医師ですが、通常の医療の範囲では、入院中の患者様に「楽しい興奮」を提供したり、眠そうにしている方を自然に覚醒させるような手段はあまり多くありません。しかし、AATを行っていると、患者様の表情がやわらぎ、緊張や不安が軽減されていく様子を目の当たりにします。普段はウトウトしている方が、犬を目の前にすると目を輝かせて楽しく会話をしてくださる――そんな場面に何度も出会いました。また、犬と一緒にリハビリに取り組むことで、リラックスした状態の中で自然と身体が動き、普段は見られないような身体機能が引き出されることもあります。その姿を見て、担当のリハビリスタッフが驚くこともしばしばです。犬とゆっくり視線を交わしたり、柔らかな毛並みに触れてそのぬくもりを感じることで得られる安心感は、他のどんな治療手段にも代えられないものがあると感じています。

――獣医学部等、法人内の他組織とはどのような連携をしていますか。
◆私(饗庭)は、北里大学の学生を対象に、農医連携の一環として動物介在療法(AAT)についてお話ししています。対象となるのは、看護学部や医療衛生学部といった医療系の学生、そして獣医学部の学生たちです。異なる専門分野を学ぶ学生たちに対して、学際的な取り組みとしてのAATについて伝えられることに、大きな意義を感じています。
また、獣医学部動物資源科学科の教員にも、AAT委員会に参加いただいており、定期的に開催している会議では、動物行動学の視点から専門的な助言をいただいています。このような関わりがあることで、活動全体の質もより高まっています。
さらに毎年、夏には「農医連携実習」として、獣医学部(十和田キャンパス)から5〜6名の学生が実習に来てくれています。学生達が実際の現場でAATに関わることは、将来に向けた貴重な学びとなっているようです。

左から4代目「ジャム」3代目「ヨー」です。
――これからの展望について教えてください。
◆AATに興味を持っていただき、この活動が広まっていくことは本当に嬉しいことです。AATは「犬」の協力を得て成り立っており、実際の現場では非常に地道で慎重に進めなければならない場面が多くあります。メディカルドッグは、社会の中で人と共に働く犬達です。ハンドラーは彼らを深く理解し、尊重しながら、適切なハンドリングとケアを行い、犬の”声”を代弁する役割が求められます。
そしてAATを展開するためには、これらの事を理解してくれる病院であることが不可欠だと思います。医療現場では、多職種のチームが互いにサポートし合えることが重要です。信頼できるスタッフや安心して働ける環境の中で、犬達がいきいきと、のびやかにその能力を発揮できるーーそんな調和が、患者様に良い影響を与え、結果として犬も人も幸せになれるのだと思います。
――AATを通じてメッセージをお願いします。
◆「人も犬も自分らしく」――まさにAATの活動を通して感じることです。
AATでは、患者様がポジティブな表情や反応を見せてくださる場面が多くあります。その姿に触れるたびに、「自分らしくあること」が、どれほど大切なことかを改めて実感します。「自分らしくありたい」と願う気持ちは、同時に他者の“その人らしさ”を尊重することにつながっていくと思います。ただ、日々の生活の中でそれを実践するのは、意外と難しいものです。
そんな中で、犬達はとても自然に、患者様の“らしさ”を引き出し、私達に気づかせてくれます。そしてそれは犬達自身にも言えることで、「その犬がその犬らしくあること」も、とても大切です。
AATの現場では、1頭1頭異なる犬の個性を活かしながら活動を行っています。とはいえ、決して犬を自由気ままにさせているわけではありません。大切なのは、「人も犬も自分らしくありながら、お互いに調和をとること」です。それがこの活動を通して伝えたいメッセージであり、私自身もまた、活動を通してそう感じられたことに心から感謝しています。

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