「安心できるから、意見が言える」 「叡智と実践」を体現する北里での学び 北里出身・丸井グループの産業医、小島玲子・取締役CWOに聞く①

「幸せに働く」ってどういうこと?──。ファッションビルを運営し、小売り事業やフィンテック事業(IT技術を活用した金融サービス)を展開する丸井グループの取締役上席執行役員 CWO(最高健康責任者/Chief Well-being Officer)・小島玲子さんは、産業医として働きながら、北里大学大学院医療系研究科(産業精神保健学)に進学し、2010年に医学博士を取得しました。北里大学の建学の精神の一つでもある「叡智と実践」を行き来しながら、仲間と一緒に「組織公正性」などをテーマとした研究を深めた経験は「大きな支え」と語ります。(1回目/全4回)

 ――社会人になって、北里大学の大学院に進学したきっかけは?

 ◆共働きで働く親の姿を目にするうちに、「今働く人たちの健康を支える医師になりたい」と考えるようになり、産業医になりました。産業医科大学の医学部を卒業した後は、大手メーカーの産業医として約10年働きました。

 「仕事がつらい」と体調を崩した人がいる一方で、忙しい中でも楽しくイキイキ働く人も多くいます。「その違いはどこにある?」「『幸せに働く』ってどういうことだろう?」──。そんな問題意識が大きくなっていきました。

 こうして産業医をしながら、研究を深めることを決め、2006年に北里大学大学院医療系研究科(産業精神保健学)に進学したのです。

 北里大学の大学院を選んだのは、母校・産業医科大学出身の田中克俊先生(北里大学 大学院医療系研究科 産業精神保健学 教授)がいらしたからです。田中先生の教室には当時、産業医として働きながら通っている方が10人ほど在籍していました。教室の研究テーマの一つは、「組織で人が公正感を感じるにはどういう要素が必要なのか」を探る「組織公正性」でした。

修了時のお祝い会での記念写真。前列は博士課程修了生で、左端が小島さん。後列左から3人目が田中先生(提供=田中先生)

 教室は、北里大学の建学の精神の一つである「叡智と実践」を体現しているような場でしたね。この「叡智と実践」とは、学んで得た知識と技術を実践の場に活かし社会に還元することです。

 例えば、睡眠と働く人の関係について研究している方もいれば、慢性疲労症候群をテーマにしている方もいて。私は、「認知行動療法(物事をバランス良く捉え直し、自分の思考のクセを客観的に認識することで、より良い生活を送れるよう行動を変えていく心理療法)の職場への応用」を研究しました。

 毎週水曜の夜には、ゼミがありました。それぞれが自分の研究領域や、産業医として働く現場で感じた課題に関係する論文を持ち寄って、それを一緒に読むのです。現場で感じた疑問を理論で整理して、また現場に戻って試してみる──。理論とフィールド、つまり「叡智と実践」を、仲間と一緒に行き来できたことは、私にとって大きな支えでした。

 ――「『理想的なこと』を、いかに現実を生きる人たちに実践してもらうのか」は、難しいところだなと思います。

 ◆「組織公正性」が、今のお話に関係しているかもしれません。当時、北欧で盛んに研究されていた分野で、「自分が組織で公正に扱われている」と感じるためには、▽手続きの公正性(プロセスが見えること)▽情報の公正性(情報が偏らず共有されていること)▽関係の公正性(対人関係が健全であること)――といった要素が重要だとされています。

 組織の中で「理想的な理論を実行してください」と言っても、現場ではなかなか浸透しません。まずは、組織のメンバー同士が信頼できる関係性を築くことが大事で、そのためには「情報が特定の人にだけ集まる」「手続きが知らないうちに勝手に進んでいる」といった状況をなくすこと、みんなが情報にアクセスできて、意見を言える機会が確保されていることも必要です。

丸井グループ社員同士の対話の様子(提供=小島さん)

 そういう環境があると、少しずつ「この組織をどうよくしていくか」を対話できるようになって、だんだんありたい組織の姿を皆でつくっていこうという風土が創られていきます。

 「自分の意見を聞いてもらえる。安心できる場だ」と思えるからこそ、人は意見を言えるのです。そういう過程を積み重ねながら物事を進めていくことが、実際の企業運営の中でも大切です。

 丸井グループには、「手挙げの文化」があります。2005年に社長が変わって以降、20年間かけて浸透させてきました。この文化が浸透し、今ではあらゆることに自分から手を挙げるのが当たり前になりました。異動も昇進も、「私はこれをやりたいです」「こういうキャリアを歩みたいです」と意思表示するところから始まります。

 今では、社員の9割が手を挙げていて、むしろ挙げない方が珍しいくらい。もちろん、みんながすごく積極的ではないかもしれないけれど、手を挙げないと評価されないという評価制度があることや、「手を挙げたらちゃんと見てもらえる」「成長につながる」という実感があるから、手を挙げられるのだと思います。

 普通の会社だと、昇進はブラックボックスになっていることも多いですよね。「なぜあの人が部長になったのか?」が、わかりにくい。でも、丸井グループでは、昇進の基準が明確。「この評価が何期連続で●点以上だった」「同僚・上司・部下からの評価●点以上が3期連続だった」など、ちゃんと数値で示されるのです。だから、「根回し」をしたり「派閥」をつくったりしても意味がないし、その場でちゃんと対話する方がずっと効果的なのです。

小島 玲子 (こじま れいこ)
丸井グループ 取締役上席執行役員 CWO ウェルビーイング推進部長 専属産業医。医師、医学博士。大手メーカー専属産業医を約10年務めた後、2011年より丸井グループ専属産業医。2014年、健康推進部(現ウェルビーイング推進部)の新設に伴って部長となり、同社の健康経営の推進役となる。19年執行役員、21年取締役CWO(Chief Well-being Officer)、23年より現職。日本で初めて、産業医として上場企業の取締役に就任。近著に「夢中になれる組織の科学 働きがいのメカニズムを解き明かす」(日経BP)。

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