

年始の3日間を休業にしても、1月トータルの売り上げはアップした──。丸井グループの産業医として働く小島玲子・取締役CWO(最高健康責任者/Chief Well-being Officer)は、北里大学大学院在学期間中に「何をするか」ではなく「どうやるか」を考える「フロー理論」に出会い、研究を深めました。丸井グループでフロー理論を実践した結果、2024年時点で「フローに入りやすい状態にある社員比率(フロー比率)」が47%となりました。「フロー状態」の社員が増えると、職場はどう変化するのでしょうか?丸井グループでの実例を参考に、組織作りのヒントを探ります。(3回目/全4回)
【これまでの記事はこちら】
「安心できるから、意見が言える」 「叡智と実践」を体現する北里での学び 北里出身・丸井グループの産業医、小島玲子・取締役CWOに聞く①
「バランスよく捉える」視点を育み 働く人の健康を導く 北里出身・丸井グループの産業医、小島玲子・取締役CWOに聞く②
――仕事や組織づくりの中で、大切にしていることはありますか?
◆丸井グループで現在、社長と合意して全社的に進めている考え方が、ハンガリーの心理学者、M・チクセントミハイ氏が提唱した「フロー理論」です。「フロー状態」とは、主体的にその行為に没頭しているときの感覚で、深い喜びを伴います。挑戦意欲と能力が釣り合ったときに生まれる没頭状態──時間を忘れるような集中──が、その人の最高の能力を引き出し、成果を生むとされています。
北里大学大学院在学期間中にこの考え方に出会ってから、大学図書館でフロー理論に関する論文をたくさん読み、研究を深めました。それを今、丸井グループの組織作りで生かしています。
丸井グループではフローに入りやすい状態にある人の割合、つまり挑戦度合と能力の活用度合が共に高い社員の割合を独自に数値化し(略してフロー比率)、2024年時点でフロー比率は47%です。2030年までに60%まで引き上げることを目標にしています。フロー比率は社員の自己認識や行動変容を可視化するツールとしても活用していて、経営目標の一環として位置づけています。

──「フロー状態」の社員はどうやって増え、その結果、丸井グループはどう変わりましたか?
◆丸井グループは、小売業のイメージが強いかもしれませんが、1960年に日本で初めてクレジットカードを作った会社です。今では、収益の8割がカード事業です。
さまざまな職種がありますが、例えば支払いが遅れているお客様に電話をかけて督促するコールセンターの仕事は、いわゆる「感情労働」。お客様から怒鳴られたり、すぐ切られたり、冷たい対応をされたり……。つらい経験をすることもあり、フロー比率が低く、ストレスチェック(従業員のストレス状況の検査)の結果もあまり良くありませんでした。
そんな中、2023年にコールセンターのマネージャーが「私たちはどうありたいのか、真剣に考えてみませんか?」と呼びかけました。手を挙げたのは約200人のオペレーターのうちたった6人でしたが、この社員たちは、何度も対話を重ねる中で、「お客様の言うことにただ答えるだけが『寄り添う』ことではない」と、自分たちの仕事の意味を捉え直しました。
クレジットカードの支払いが滞ると、お客様の社会的信用が失われて、他社でもカードが作れなくなる。困るのはお客様自身――。だから、「コールセンターのオペレーターは、お客様の社会的信用を守る最後の砦である」という意味づけが生まれたのです。
支払い方法にもさまざまな選択肢があります。お客様も「仕事で忙しいので・・・・・・」などと言って、「本当は払えない」という本音は言わないことが多い。だからこそ、「今、どんな状況なのですか?」と親身になって相手の話を聞いて、その人の状況に合わせた最適な支払い方法を一緒に考える。まるでコンサルのような役割です。6名のメンバーは、こうした仕事の新たな意味付けを職場のオペレーターに共有し、お客さまへの対応の工夫をお互いに教え合う会合を、月1回の頻度で継続して企画しました。
そして、この活動を「コールセンターレボリューション(革新)」と名付けました。毎月10人くらいが集まり、「こんな工夫をしてみたらうまくいった」「お客様に『ありがとう』と言われたよ」といった経験を共有する場をつくりました。最初は懐疑的な人も多かったようですが、1年間をかけて、今では約200名いるオペレーター全員が主体的に参加しています。

私も東京・国分寺市にあるコールセンターまで行き、実際にレボリューションの会合に参加させてもらいましたが、うまくいったお客さまへの対応の工夫を前月に同僚に共有して、その同僚から「先月聞いた工夫を私もお客様に試したら、うまくいきました!」と感謝されたあるスタッフは、「同僚から感謝されるなんて、実は生まれて初めてです」と言って、涙を流していました。職場の仲間とそういう関係性ができると、日々の仕事にも前向きになれます。ストレスチェックの結果も良くなりましたし、未払いの回収率も上がりました。「フロー比率」は20%近く向上しました。
仕事に意義を見出し、その上で仕事のやり方を主体的に工夫し、職場の仲間と協力することで、「つらい仕事」が「やりがいのある仕事」に変わる──。それを、「この仕事はつらくて当たり前」と思われていた職場で実現できたのは、大きな成果でした。フロー理論の提唱者も、「フローは何をするかではなく、どのようにするかによって決まる」と述べています。

──著書「夢中になれる組織の科学」の中に書かれていた、丸井の店舗で年始の3日間を休業にしたにも関わらず、1月全体の売り上げはむしろ増えたというエピソードが印象的でした。
◆これも、組織活性化の、わかりやすい事例です。
長らく、「小売業は、正月は休めないのが当たり前」という固定観念がありました。でも、会社全体でウェルビーイングの取り組みを進める風土の中で、「それって本当?」とみんなで話し合う場が設けられたのです。
実際、福袋を買うために元日から並ぶお客様の誘導など、店員は年末年始は早朝から夜まで対応が必要で、大変でした。対話の場で多くのスタッフが、「家族から『なんでパパは(ママは)、他のおうちみたいにお正月に家にいないの?』と言われていたことが実はつらかった」という声が挙がりました。
そこで、2022年に元日に加えて1月2日まで休業してみて、売上への影響を検証しました。その結果、「いけそうだ」と判断し、翌2023年は1月3日まで休業にしたんです。
みんなで話し合った上で、年始の3日間を休業としたことで、スタッフのモチベーションが上がりました。「休む分、他の日でお客様にお店の良さを伝えよう」と考えた社員から、販売施策のアイディアがどんどん出てきて、結果的に売上も上がりました。
それは、社員一人ひとりが「自分を尊重してもらえた」と感じたからだ思います。「お正月に、何十年ぶりに家族とゆっくり過ごせた」という声もありました。職場の雰囲気も良くなって、販売促進策のアイディアもそれまでより多く生まれるようになり、お客様にも雰囲気の良さが伝わったようで、結果として売り上げにもつながりました。このように職場の尊重感を高めることによって組織が活性化する事例が複数生まれています。

小島 玲子 (こじま れいこ)
丸井グループ 取締役上席執行役員 CWO ウェルビーイング推進部長 専属産業医。医師、医学博士。大手メーカー専属産業医を約10年務めた後、2011年より丸井グループ専属産業医。2014年、健康推進部(現ウェルビーイング推進部)の新設に伴って部長となり、同社の健康経営の推進役となる。19年執行役員、21年取締役CWO(Chief Well-being Officer)、23年より現職。日本で初めて、産業医として上場企業の取締役に就任。近著に「夢中になれる組織の科学 働きがいのメカニズムを解き明かす」(日経BP)。社会とつながる
2026.7.16
社会とつながる
2026.7.9
社会とつながる
2026.7.2
社会とつながる
2026.6.25
社会とつながる
2026.6.18
社会とつながる
2026.5.21
キャンパスのいま
2024.12.02
砂塚敏明学長 国際化への思い 「生命科学の総合大学としてグローバルな問題への貢献を目指す」(上)
社会とつながる
2025.05.15
北里大学メディカルセンター わん!チームのシンボル(上)「北里メディカルドッグ交代式」レポート