
菌を殺す「抗菌薬(抗生剤)」を飲みすぎると、薬が効かなくなるので、飲み過ぎないでください――。そんなことを、病院や薬局で言われたことがある人も多いのではないでしょうか? 薬が効かなくなる(抗菌薬の)「耐性菌」の広がりが社会課題となる中で、北里大学大村智記念研究所(東京都港区)では、菌を殺さない新しい概念の薬「抗感染症薬」を生み出すための研究を続けています。2024年、ドイツの「ローベルト・コッホ研究所」との連携も始まり、感染症から身を守るための新しいアプローチが広がっています。2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智特別栄誉教授とともに、長年研究に取り組んできた阿部章夫教授(写真右)と浅見行弘教授(写真左)に詳しく聞きました。

――現代では感染症を治す際、悪さをする細菌を殺す「抗菌薬」を病院で処方され、飲むことが一般的だと思います。
阿部 抗菌薬を乱用すると、腸内の「良い菌」も殺してしまいます。その結果、腸内の「良い菌」が減って、「悪い菌」が腸内に増え、別の病気(下痢や腹痛、発熱など)などを引き起こすことが分かってきました。抗菌薬で菌を殺すことで起きる体内への悪影響を懸念し、近年では「抗菌薬の適正使用」が叫ばれるようになりました。
――病院で、「処方された抗菌薬は飲みきってください」「風邪に抗菌薬は効きません」と言われたことがあります。
浅見 不適切なタイミングで抗菌薬を飲んだり、途中で飲むのをやめたりすると、菌に効かない「耐性菌」が増えてしまうことが分かってきたのです。
ただ、抗菌薬は、手術のときや、投与しないと命を落としてしまう時などは、絶対に必要な薬です。ですから、半世紀以上にわたり、たくさんの種類の抗菌薬が開発されてきました。効かない細菌があったり、人によってアレルギーを起こすため使えなかったり、とさまざまなので、多くの種類が必要なのです。

阿部 新しい抗菌薬ができても、耐性の遺伝子を周りから取り込むなどした「耐性菌」がすぐにできてしまうと、その抗菌薬は効かなくなります。企業が投資して抗菌薬を作っても、価値がなくなってしまう。こうした「薬剤耐性」は、人類の健康にとって、最大の脅威の一つです。マラリアや結核などの感染症でも「薬剤耐性」は起きていて、特に深刻です。
私たちは、こうした「薬剤耐性」の出現と新薬開発のいたちごっこは、従来の抗菌薬による感染症へのアプローチが続く限り、止めることは難しいと考えています。
――抗菌薬(の仕組み)による治療に限界も見えてきたのですね。こうした背景から、北里大学大村智記念研究所ではどのような薬を作ろうとしているのでしょうか?
阿部 菌を殺さない「抗感染症薬」を作ろうとしています。これまでの抗菌薬にはない概念の薬です。

私は1984年に、北里大学大学院を卒業しましたが、卒業研究の指導教官だった大村智特別栄誉教授に「北里研究所で基礎研究を」と勧められ、研究所に入所しました。1995年からは、4年間カナダに留学していました。通常は1年程度で留学先から戻ることが多いので異例の長さでした。
長期にわたる留学を応援してくれた大村智特別栄誉教授は当時、「新しい薬を見つける手法(薬剤候補となる物質の中から有効な物質を選び出す作業)を生み出しなさい」と、新しい薬を作るように鼓舞してくれました。
また、大村智特別栄誉教授は1999年、日本細菌学雑誌に「抗感染症薬の21世紀への展望」と題した総説を寄せています。そこには、このような言葉がつづられています。
「抗生物質の使用を注意深くすることにより耐性菌の増加を防ぐということには、今後特に努力しなければならない」
「最新の研究成果並びに技術を利用して、これまでにない新しいタイプの抗感染症薬の開発が進展することが望まれる」
――新しい抗感染症薬を作り、感染症へのアプローチ方法を変えることは、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智特別栄誉教授の目指すありかたでもあるのですね。
次回は、北里大学大村智記念研究所が新たに発見した「抗感染症薬」の仕組みをひもときます。(つづく)

◆ウイルスと細菌の違い
ウイルスは、栄養があっても、自分で勝手に増殖できません。寄生した細胞の機能を利用しないと、ウイルスは増えることができないのです。ウイルスは「生命ではない」と唱える人もいます。
一方、細菌は、栄養があると、どんどん増えることができます。ご飯が腐っていく現象や、乳酸菌などが一例です。
◆抗菌薬の適正利用
菌を殺す「抗菌薬」の適切な服用期間や量を守らない(途中で飲むのをやめたり、過剰に飲んだりする)と、抗菌薬が効かなくなることがあります。抗菌薬耐性菌が増えると、感染症の治療が難しくなり、重症化や死亡のリスクが高まるとされています。
阿部章夫(あべ あきお)
北里大学・大村智記念研究所・所長。主な研究は、細菌の分泌装置の解析、多剤耐性に関わるゲノム側因子の解析。著書に「もっとよくわかる!感染症」(羊土社)がある。趣味は、ブラジリアン柔術(Carpe Diem BJJ, 黒帯)、ロングディスタンスハイキング、パックラフトと多岐にわたる。浅見行弘(あさみ ゆきひろ)
埼玉大学大学院理工学研究科で博士号(理学)を取得後、北里大学大村智記念研究所の教授として微生物応用化学研究室で微生物創薬研究を行っている。感染制御教育研究センター創薬研究部門の部門長、大学院感染制御科学府の創薬科学履修コース長。趣味はブラジリアン柔術(Carpe Diem BJJ, 黒帯)、PANDAGYM(トレーニング)、CIO(サウナ)。研究の森
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