研究の森

2025.7.17

「病気になる前に、できることを」 腟内環境の研究で導く女性の健康(上)

 北里大学薬学部・微生物学研究室に所属する伊藤雅洋助教は、日本人女性の腟内の細菌がどのように構成されているかを分析しています。今年2月には、これまで考えられたよりも、個人間の腟内細菌叢(腟内フローラ)に多様性があることを明らかにする論文を発表しました。この研究は女性の出産や健康に関わる大きな成果です。

 伊藤助教はなぜ、腟内環境を研究しようと考えたのでしょうか。1回目は、その道のりをお聞きします。(全3回)

――研究者を目指したきっかけを教えて下さい。

 ◆母と叔母が美容院を忙しく切り盛りしていたので、祖父が幼い私の面倒を見てくれていました。でも、私が高2の時に、祖父は肺がんで亡くなりました。「そばにいたのに、なんで病気の予兆に気づけなかったのだろう」という後悔が残りました。病気になる前にできることはないのだろうか――それが、今も続く私の研究のテーマです。こうして、「予防医学の父」と呼ばれる北里柴三郎博士を学祖とする北里大学の薬学部に進学しました。・・・・・・また、小さいころから「薬をなるべく飲みたくない」と思っていたことも、進学動機の一つです。

 大学入学後は、「有益な微生物」を研究するか、「ワクチンの副反応」を研究するか、とても悩みました。どちらも、「予防医学」に関わるテーマで、担当の先生に話を聞きに行くなどしていたのですが、「何を研究するかで今後の人生が決まる」と考え込んでしまって。今振り返ると、考え過ぎかなと思いますが、当時は悩みすぎて、十二指腸潰瘍になってしまいました。

 便が黒くなったので(大学の)保健室に相談に行ったら「すぐ病院に行きなさい」と言われました。病院では、(組織検査の結果)「ピロリ菌(胃の中で生息する病原菌で、胃や十二指腸の病気の発症に関わるとされる)がいます」とも伝えられて、薬を処方されました。ちょうどその日の午後の講義でピロリ菌を学ぶ授業があり、(顕微鏡の中で)ピロリ菌がくるくる回っている様子を先生が見せてくれました(笑)

 後に研究指導を受けることになった檀原宏文先生の授業も好きでした。「現代人は衛生環境が良くなり微生物に触れてないからアレルギーが多いのではないか? 子どもが生まれたらスリッパの裏をなめさせるくらいがちょうどいい(笑)」と言っていたときはびっくりしたんですけど、人間味のある先生で、「この先生のもとで学びたい」と思うようになりました。

――大学院ではどのような研究をしましたか?

 ◆乳製品メーカーの研究所に出向し、研究をしました。そこでは「乳酸桿菌(ラクトバチルス)」の腸内における作用を調べました。乳酸桿菌は、腸内環境を改善し、健康に良い影響を与える微生物「プロバイオティクス」の代表的な細菌です。ヒトの腸内に生息する腸内細菌である乳酸菌の一種であり、200種類以上あると言われています。

 一方で乳酸桿菌は口などから摂取しても、腸内に定着しにくいという課題がありました。もともと人の腸には別の菌が安定して存在しているので、根付きにくく、便として排出されてしまいます。下痢の時など、腸内環境が崩れているときは、薬やヨーグルトを口から摂取しても効果があると言われていますが……。

――なぜ腟内細菌の研究にシフトしたのですか?

 ◆腸内環境は複雑です。そのため、「良い腸内環境」の定義も個人によって違うと考えられているため、一つの方法で、すべての人の腸内環境を良い環境へと劇的に変えることは難しいのではと言われています。

 一方で、腟内はもっと単純で、「良い腟内環境」というのが分かりやすいです。女性の腟内に乳酸桿菌という微生物がつねにいる(乳酸菌の一種である常在細菌がいる)ことを知り、この研究を進めることが、女性の健康に大きく寄与するのではないか、と思うようになりました。

 また、妻の出産を通じて妊婦が腟内に「GBS(B群溶血性連鎖球菌)」がいないか検査を行うことを知りました。GBSは、腟内や腸内でしばしば検出される菌で、分娩時に赤ちゃんが産道を通る際に感染すると、赤ちゃんの状態が悪くなることがあります。妊婦がGBS陽性の場合は、対策を立てて出産する必要があるのです。代表的な母子感染に関わる微生物については把握していると思っていたのですが、そのようなことを妻の出産まで知らず、「私と同じような人が大半なのではないか? 他にはどのような細菌が腟内にはいるのだろうか?」と思うようになりました。

 こうした思いが重なり、2017年に北里大学の制度を利用してアメリカ・アリゾナ大学へ研究留学し、腟内環境について、研究を始めました。

――次回は、伊藤助教が今年2月に発表した研究成果を詳しくお聞きします。

伊藤 雅洋(いとう まさひろ)
北里大学・薬学部・微生物学教室・助教。主な研究は、女性生殖器の常在細菌と宿主との相互作用の解析。ヒトの細菌叢を介した疾病の予防や治療などの臨床応用研究に取り組む。趣味はサッカー観戦、バスケットボールやウィンタースポーツ、旅行と多岐にわたる。

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