
北里大学薬学部・微生物学研究室に所属する伊藤雅洋助教は、女性の腟内細菌の研究をしています。もともとは腸内細菌の研究者でしたが、腸内環境を改善する乳酸菌が腟内にも常在していることに着目したといいます。今回は伊藤助教の研究成果についてお聞きします。
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「病気になる前に、できることを」 腟内環境の研究で導く女性の健康 (上)
――改めて腟内に生息する細菌の研究を始めたきっかけを教えてください。
◆ヒトの細胞の数は約40兆個と言われていますが、体内に生息している細菌などの微生物の数も同じか、それ以上と言われています。また、総重量も、人間の臓器の中で一番重い肝臓や脳と同じぐらい(1.3キロほど)と言われています。

上の右図は体内のどこに微生物が生息しているかを視覚的に表しており、こうした「ヒトと共生している微生物の遺伝子数」は約1000万に上ると言われています。ヒトを構成する遺伝子の総数は約2万と言われているので、その多さが分かりますよね。
これほど多くの微生物がいるため、ヒトの健康は微生物の影響を受けます。私はこうした微生物の研究を続けてきました。当初は腸内細菌の研究でしたが、腸内環境を改善する「乳酸桿菌(ラクトバチルス)」が腟内にも常在していることに着目しました。腟内環境を改善できれば、女性の健康に寄与できると考えたのです。

――乳酸桿菌がなぜ健康に関わるのでしょうか。
◆乳酸桿菌は、その名前の通り、エサを消費して乳酸を作ります。乳酸が作られると、腟内のpHが下がる=酸性になる。酸性の環境では、病原微生物の多くが生きられなくなります。

実は、女性の生涯において、腟にいる菌の構成が大きく変わるタイミングが2回あるんです。生まれてから初経を迎えるまでの時期は、腟内にいろいろな細菌がいます。
それが、初経後には乳酸桿菌が出現するようになります。初経を迎え、女性ホルモンの一つであるエストロゲンが血中に増えてくると、腟の上皮細胞や粘液にグリコーゲンが増えるためです。そして、このグリコーゲンをエサに、乳酸桿菌が増えると考えられています。2回目は閉経のタイミングです。
ただ、現状では分からないことも多いです。限られた種類の乳酸桿菌が腟にいる理由や仕組みがもっと明らかになれば、新しい「予防医療」の可能性が開けると考えています。
――「良い腟内環境」とは、「酸性に保たれている」ことですね。
◆はい、腟内が酸性になる、つまりpHが低い状態になると、病原菌は増えにくくなります。ですから、腟内に乳酸菌がいるのは「良い状態」と言えます。ただ、50歳前後に閉経するとエストロゲンの分泌量も減り、グリコーゲンが少なくなるため、腟内の乳酸桿菌は少なくなります。
――つまり、閉経後も、腟内には乳酸菌がいたほうが、健康に良いのですね。
◆はい。こういう事実は、もっと広く知られ、研究が進んだ方がよいと考えています。

――なぜ、今まで知られてこなかったのでしょうか?
◆腟内に「乳酸菌がいる」ことは古くから知られていましたが、それ以上のことはあまり研究されてきませんでした。
女性の生殖器に乳酸桿菌を持つのは、ヒトだけです。他の動物にはいないので動物を使った研究ができず、また女性の生殖器を詳しく調べることが簡単ではなく研究が深まらなかったことも原因の一つと考えています。
ただ、近年では腟内にいる細菌の研究が進み、その重要性が知られるようになり、企業や研究機関なども注目し始めています。
2011年には、海外で論文が発表され、「腟内にいる乳酸桿菌の種類や割合は『人種によって異なる』」ことが明らかになりました。腟内細菌叢については、こうした人種横断的な研究や構成細菌の詳細な解析がほとんどなかったため、大きな転機となりました。
日本では、腟内に存在する細菌の有無や種類のおおよそを判断する「ヌージェントスコア」が古くから調べられてきましたが、妊娠のしにくさと関連する細菌や腟内環境も徐々に分かり始め、2022年からは、不妊症に関わる子宮にいる菌の検査が、「先進医療」という枠組みでできるようになりました。
私は現在、女性の健康に役立つ商品を開発する企業と共同で腟内環境の研究を進めています。

この共同研究において、新たに分かったことがあります。これまでは腟または子宮内に存在する細菌のうち、「乳酸桿菌が9割以上だと、妊娠しやすい」と言われてきました。
しかし最近、腟内に存在する乳酸桿菌の中でも不妊や疾患などに関わる「あまり良くない乳酸桿菌」がいることも分かってきました。そうした「あまり良くない乳酸桿菌」を持っている日本人が多くいることを明らかにし、今年2月に国際科学誌に発表しました。
また、その論文では、「BMI(身長と体重から計算される国際的な体格指数。22が標準)が18.5より低い人(痩せている人)」の腟内には、乳酸桿菌が少ないことも記しています。
健康な日本人女性の腟内細菌叢は個人間で大きく異なる ―日本人女性の腟内マイクロバイオームはBMIや年齢の影響も受ける―
「どんな菌が腟内に常在しているか」は、(ウイルスによって発症する)子宮頸がんや性感染症、不妊、早産にも影響していると考えられており、研究が進められています。
――次回は、女性24人の腟内環境を分析して見えてきた「良い腟内環境」を詳しくひもときます。
伊藤 雅洋(いとう まさひろ)
北里大学・薬学部・微生物学教室・助教。主な研究は、女性生殖器の常在細菌と宿主との相互作用の解析。ヒトの細菌叢を介した疾病の予防や治療などの臨床応用研究に取り組む。趣味はサッカー観戦、バスケットボールやウィンタースポーツ、旅行と多岐にわたる。研究の森
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