研究の森

2025.3.6

 細菌の「針」の機能を止め、病原性を無力化する 北里研究所で考える新しい概念の薬(中)

地球上から、感染症を一掃することは人力の能く成し得る範囲内にある――。ワクチンを使った予防接種を開発したフランスの細菌学者、パスツール(1822~95年)は、このように述べたと伝えられています。ですが、細菌による感染症でさえ抗菌薬と耐性菌とのいたちごっこで、これを成し遂げることができませんでした。こうした現状を踏まえ、北里大学大村智記念研究所(東京都港区)では、細菌の病原性を止める新しい「抗感染症薬」を実用化しようと、歩みを進めています。2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智・特別栄誉教授とともに、長年研究に取り組んできた阿部章夫教授と浅見行弘教授に詳しく聞きました。

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「菌を殺す」薬の限界を超えて 北里研究所で考える新しい「抗感染症薬」とは?(上)

――新しい概念の薬(抗感染症薬)とは、どのように「効く」のですか?

阿部 1999年、北里大学大村智記念研究所に戻り、「抗感染症薬」作りに力を入れました。そして、細菌の「Ⅲ型分泌装置」と呼ばれる装置の働きを阻害する薬の探索法を開発しました。O157病原性大腸菌や、サルモネラ、赤痢菌、緑膿菌などが、この「Ⅲ型分泌装置」を持っています。

 「Ⅲ型分泌装置」は注射針のような構造をしています。細菌は人間の細胞にその注射針を利用することで病原因子を打ち込み、病気を起こします。私が開発したのは、赤血球の上澄み液=写真下=を使って、菌の注射針が働いているかどうかを、視覚的に解析する方法です。

その後、その「注射針」の機能を止めることで、病原性を無力化する研究を企業と5年間取り組みました。注射針の機能を抑えられる化合物を探し続け、およそ10万の化合物を試したかな。だけど、見つからなかったんです。

でも、企業との連携が終わった後も、研究所では諦めませんでした。チームで地道に研究を続けた結果、2011年に「Ⅲ型分泌装置」の機能を止める(阻害剤)「Aurodox(オーロドックス)」を発見し、論文化したのです。Aurodoxは、放線菌=写真下=が生み出す抗生物質です。

――Aurodoxが見つかった後、浅見先生は、どのような研究に取り組まれたのでしょうか。

 浅見 2012年から北里大学大村智記念研究所に入り、Aurodoxの標的となるタンパク質を探る研究に取り組んできました。Aurodoxが、どのタンパク質に結びつき、「薬が効く」状態になるかを調べる研究です。カギが、どのカギ穴にマッチングするかを探す――スムーズにあくカギ穴の形を探るイメージです。ただし、(一つのカギで複数のカギ穴を開けることができる)マスターキーだと副作用が起きるから良くない。

 そして2023年、私たちの研究チームは、新たな発見をしました。Aurodoxが結びつくタンパク質が、「アデニロコハク酸合成酵素(PurA)」であることを突き止めたのです。AurodoxがPurA に結合すると、Ⅲ型分泌装置の発現が抑えられることが分かりました。つまり、細菌感染がおきない、ということになります。一方、大腸菌のPurAはイノシン酸をアデニロコハク酸へと変換する酵素で、プリンヌクレオチドの合成に関与しています。今回の発見は、2つの可能性――▽Aurodoxが薬の元となる化合物である▽Aurodoxが結びつくPurAは、抗感染症薬やワクチン開発の標的になる――を示しています。

 この研究成果は2024年7月に、アメリカの有名アカデミー誌(米国科学アカデミー紀要)に投稿され、採択されました。その結果、世界中から問い合わせが来ています。

 阿部 昨年ドイツで開かれた「ローベルト・コッホ研究所」との共同シンポジウムで、この研究成果を発表したところ、「ぜひ共同研究を」と声がかかりました。同研究所は、性感染症の原因となる「クラミジア」もⅢ型分泌装置を有することに着目し、研究を進めています。

――薬を開発するためには、たくさんのステップを踏む必要があるのですね。阿部先生の研究成果が、さらに浅見先生の研究成果を生み、新たな「抗感染症薬」実用化に近づいたのですね。

 浅見 科学は、積み重ねです。先人たちが積み重ねてきた探究の上に、新たな発見があると考えています。

次回は、Ⅲ型分泌装置を阻害する「抗感染症薬」が実用化された場合、感染症治療の現場がどう変わるか、に迫ります。(つづく)

◆ローベルト・コッホ研究所

 ローベルト・コッホ博士は、北里柴三郎博士の恩師。「細菌学の父」と呼ばれ、細菌の染色法、培養方法などを独自に考案して発展させ、細菌学という新しい分野を開拓した世界的細菌学者。1891年、ドイツで「ローベルト・コッホ研究所」を設立。北里研究所との深いつながりは今も続いており、2年に1度合同シンポジウムを開催している。

阿部章夫(あべ あきお)
北里大学・大村智記念研究所・所長。主な研究は、細菌の分泌装置の解析、多剤耐性に関わるゲノム側因子の解析。著書に「もっとよくわかる!感染症」(羊土社)がある。趣味は、ブラジリアン柔術(Carpe Diem BJJ, 黒帯)、ロングディスタンスハイキング、パックラフトと多岐にわたる。

浅見行弘(あさみ ゆきひろ)
埼玉大学大学院理工学研究科で博士号(理学)を取得後、北里大学大村智記念研究所の教授として微生物応用化学研究室で微生物創薬研究を行っている。感染制御教育研究センター創薬研究部門の部門長、大学院感染制御科学府の創薬科学履修コース長。趣味はブラジリアン柔術(Carpe Diem BJJ, 黒帯)、PANDAGYM(トレーニング)、CIO(サウナ)。

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