研究の森

2025.6.12

戦争はなぜ起きる? 哺乳類の進化の歴史からひもとく新刊「オス脳ミーム」 理学部・伊藤准教授が執筆(上)

 なぜ、戦争は起きるのか――。生物学・進化学研究者の視点からこうした疑問に答えた本「オス脳ミーム~男が戦争をする理由を進化学から解く~」(幻冬舎)が今年2月、発売されました。著者の北里大学理学部・伊藤道彦准教授は「哺乳類の進化の過程と本能を知ることが、平和な社会の構築つながります」と話します。初回は、伊藤准教授から「『オス(男)』と『メス(女)』はどうやって決まるのか?」を学びながら、「オスならではの本能的な行動」をひもときます。(全3回)

 両生類を中心に脊椎動物を研究対象にして、「個体発生や生命進化」の研究をしています。研究テーマは、「種分化や変態」と「性(オス・メス)決定遺伝子・性決定システム進化」です。種分化では、種多様性と利己的DNAとの関連性を、変態では魚型器官から陸上型器官にどうやって変化したのかを研究しています。 性決定研究では、私たちの研究グループが世界で初めてメスを決定する遺伝子を見つけました。ツメガエルから発見し、2008年に発表しました。

 ――オスとメスは、どうやって決まるのですか?

◆実は私たち哺乳類の初期の胎児は、遺伝的デフォルトがメスです。オスの場合は、母胎で成長する過程で性(オス)決定遺伝子が働き、精巣が形成され、オスの体の特徴に変化していきます。 


 一方、鳥類では遺伝的デフォルトがオスで、両生類や魚類は、どちらのタイプもいます。爬虫類では、「温度によって性が決定する」種があるほど、性決定システムは多様で、性別の決定にはさまざまな要素が関係しています。


 私は、生物学者として性が決まる仕組みを研究していますが、上述のように、その過程は実に多様です。そのため、正解を決めつけるのではなく、様々な観点から物事を捉えることが大切だと考えています。

――哺乳類がオスになるとき、体の中でどういう変化がおきますか?

 ◆未分化生殖巣を精巣に導くマスター型の性決定遺伝子は、「SRY遺伝子」と呼ばれています。「SRY遺伝子」は多くの哺乳類のオスのY性染色体にあり、この遺伝子が活性化すると、もともと卵巣になるはずだった生殖巣が精巣になります。


 「SRY遺伝子」により精巣が形成されると、精巣は、男性ホルモン「アンドロゲン」の主成分「テストステロン」を分泌します。


 男性ホルモンは、一般に、誕生後の生殖器の形成・発達、声変わり、筋肉増強、体毛増加、薄毛化などに関与することが知られていますが、胎児期に脳のオス化構造を構築し、さらに成体の行動を指令する「脳のオス化」を促します。

 ――脳の働きも男性ホルモンによって変わるのですね。脳が「オス化する」と、行動はどう変わりますか?

 ◆1959年、モルモットを対象にした実験で、出生前のメスの胎児に男性ホルモン(アンドロゲン)を投与すると、生後の行動が攻撃的になる(いわゆる「オス化」する)という論文が報告されました。その後、マウスやラットでも、アンドロゲンが脳のオス化に関わることが明らかになってきました。例えば、オスの精巣を取り除くと、オス特有の攻撃的な行動が減ります。一方で「アンドロゲン」を投与すると攻撃的な行動が増えます。

 ――「アンドロゲン」……。ニュースなどで聞いたことがある気がします。

 ◆例えば、現在のオリンピックでは、一部の競技で女性カテゴリーに出場する際の条件として、血中のテストステロン濃度を測定することがあります。これは、性別を確認するためというよりも、競技上の公平性を保つことを目的としています。

 ――伊藤准教授が書かれた本「オス脳ミーム~男が戦争をする理由を進化学から解く~」にも、そのような考察が書かれているのですか?

 ◆はい。進化学や生物学の視点から、哺乳類のオスの行動の共通性を考察し、その延長線上で、人類の男性の行動が、狩猟時代、農耕時代、そして現代に至るまでに、どのように変化してきたかを、私の視点で考察した本です。SRY遺伝子による精巣形成により、胎児期にアンドロゲンが分泌され、それが脳に作用して「オス脳」の構築が進みます。このオス脳は、成人期における攻撃性や競争行動と関連します。さらに農耕社会の成立以降、「富」という概念の登場が、こうした攻撃性を背景にした「支配欲」や「権威欲」を顕在化させ、いわば文化的ミームとしての「オス脳ミーム」が形成された可能性があります。本書では、こうした一連の生物学的・社会的プロセスが、戦争を引き起こす動機とどのように結びついてきたのかを分析しています。

 ――伊藤准教授のお話によると、男性ホルモンは時に、オス(男性)に「攻撃的な行動」を促すことが生物学的に証明されているとのことで、こうした事実を踏まえて次回は「なぜ、戦争は起きるのか?」について生物学的視点で迫ります。

伊藤 道彦(いとう みちひこ)
1961年長野県飯田市生まれ。東京大学卒。博士号取得後、三菱化学生命科学研究所で分子生物学研究に従事し、その後、北里大学に赴任。専門は、進化学、分子生物学、発生学。性・種とは何か?を、分子レベル(遺伝子、利己的DNA、ゲノム)から細胞、個体、集団レベルで研究および考察を行っている。趣味は、アートを論じること、生命系のラップミュージックを作ること。

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