研究の森

2025.6.19

戦争のきっかけは、「オス脳ミーム」由来の支配欲? 理学部・伊藤准教授が説く「オス脳ミーム」とは(中)

「戦争をはじめる人は、なぜ男性が多いのか」を、進化学から解いた話題の新刊「オス脳ミーム」が今年2月、発売されました。著者の北里大学理学部・伊藤道彦准教授に取材すると、「哺乳類の見えている色の世界」から戦争の起源へと、進化の歴史を深く掘り下げてくれました。(連載2回目)

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戦争はなぜ起きる? 哺乳類の進化の歴史からひもとく新刊「オス脳ミーム」 理学部・伊藤准教授が執筆 (上)

 ――前回のお話で、男性ホルモンがオスに攻撃的な行動を促すことが分かりました。伊藤先生は、「戦争」という行為はなぜ生まれたと思いますか?

 ◆私は、哺乳類の進化と淘汰の過程が大きく関わっていると考えています。まずは、「哺乳類の見えている色の世界」を知ることが、謎を解くカギとなります。「見えている色の世界」は生き物によって、大きく異なります。

 例えば、昆虫の一部や鳥類の多くは、「赤、青、紫外線、緑」を見分ける「四色色覚」です。これらの生き物は、人にはない紫外線を吸収できる色覚を持っているため、私たち人間には見えない視覚世界を持っています。


 ただ、例外もいます。例えば、多くのアリは明暗を感じますが、色はほぼ感じていないと言われています。巣穴での生活が中心の地下性のアリは、明暗の区別さえできれば十分であり、その結果、進化の過程で色覚に関わる遺伝子が失われたと考えられています。


 私たち人間は哺乳類ですが、赤、青、緑の三色を見分けることができます(三色色覚)。ただし、人間と一部の霊長類を除く、ほとんどの哺乳類は、青と緑に相当する二種類の光の波長しか識別できない二色色覚であり、多くの色を見分けることはできません。それは、なぜでしょう?


 約2億5千年前の恐竜時代――。一部の哺乳類の祖先は、恐竜から逃れるために、夜に生活する「夜行性」だったと考えられています。暗闇で暮らす場合は四色も、さらに三色も見える必要がなかったので、哺乳類の祖先は一部の色覚遺伝子を失ったと考えられます。(※人間は、霊長類の進化の過程で、色覚遺伝子が増え、「赤」も見分ける三色色覚になったと考えられます)

 ――「色が見分けられない」ことが、哺乳類の性行動を変えたのでしょうか?

 ◆はい。ダーウインのいう「性淘汰」が関係すると考えています。「性淘汰」には大きく、メスがオスの行動や姿形を見て相手を選ぶような異性間淘汰と、オス(あるいはメス)同士で争うような同性間淘汰があります。


 異性間淘汰は、性淘汰の一種として、繁殖に有利な形質を進化させる現象を指します。具体的にはオスがメスに気に入られる信号(シグナル)を発して、メスに選んでもらうといった現象で、例えば鳥の場合は、オスは羽の美しさや色鮮やかさ、長さ、大きさ、鳴き声の質(「さえずり」など)などでメスにアピールします。


 こうした、オスが「色鮮やかさ」でメスを誘う生き物は、色彩を正確に識別するための視覚遺伝子が、進化の過程で保持されてきたと考えられます。


 一方の哺乳類――。ライオン、ネコ、ラクダ、そして人間(服や化粧などで鮮やかな人はいますが)を思い浮かべてみて下さい。ほとんどが白黒茶系で、「色鮮やかさん」がいません。


 そのため、色でメスにアピールできない哺乳類の多くは、メスを獲得するために「オス同士の争い(同性間淘汰)」が顕著です。こうしたオス同士で戦う「オスーオス闘争」では、儀礼的な威嚇で済むこともありますが、しばしば激しい戦いに発展し、時には一方が致命傷を負うこともあります。


 例えば、オスのシカにあるツノは、メスを獲得するために使われます。そのため、異性をめぐる競争を通じて起きる進化(性淘汰)によって、体が大きく、ツノの大きいオスが集団内で選ばれてきたことが考えられます。世界最大級のヘラジカは、ツノの幅が1・8㍍、重さは18㌔に達する個体もいるそうです。

――メスをめぐって「オス同士が戦う」のが哺乳類の行動の基本なのでしょうか。

 ◆哺乳類には、共食いや縄張り争いが目的ではなく、「オスがメスを獲得するため」に同種のオスを殺したり傷つけたりする種類がいます。


 こうした「オスーオス闘争」由来の「攻撃的な本能」は、哺乳類の進化の過程でも長く受け継がれてきたと考えています。


 人間も哺乳類に属しますから、こうした獣(ケモノ)的な本能が眠っていると考えられます。中でも、チンパンジーと人類は、オスが集団になり、集団間で闘争します。私は、こうした「協力的攻撃システム」(同じ群れの複数のオスが協力して同種の集団を攻撃すること)が、戦争の起源と考えています。


 人間が起こす「戦争」には、獣的な本能に、「知性」が加わっているから恐ろしいのです。知的な戦略をもとに武器を用い、富や権威への欲望のもとに同種の人を大量に殺し、「支配」をもくろみます。こうして、「メスの獲得」を理由としなくとも、人間社会では戦争が繰り返されてきたのでしょう。


 私は、哺乳類の「オス脳」を基盤として形成される「オス脳ミーム」という新たな概念を提案しています。これは人類社会の進化過程で引き継がれてきた攻撃性をもとに形成された「支配欲」や、男性優位の権威主義的価値観を共有した社会脳のことを指します。


「ミーム」とは、イギリスの生物学者、リチャード・ドーキンスが1976年の著書「利己的な遺伝子」において言及した概念です。生物が遺伝によって子孫に情報を伝えるように、「人から人へ、そして社会から社会へ伝達される情報」、すなわち、ある集団や社会で伝播されてきた文化(習慣、伝統)や社会通念のことです。

 ――次回は、伊藤准教授が発信する概念「オス脳ミーム」にさらに詳しく迫り、人間社会に及ぼしてきた影響を考えます。

伊藤 道彦(いとう みちひこ)
1961年長野県飯田市生まれ。東京大学卒。博士号取得後、三菱化学生命科学研究所で分子生物学研究に従事し、その後、北里大学に赴任。専門は、進化学、分子生物学、発生学。性・種とは何か?を、分子レベル(遺伝子、利己的DNA、ゲノム)から細胞、個体、集団レベルで研究および考察を行っている。趣味は、アートを論じること、生命系のラップミュージックを作ること。

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