
戦争だけでなく、セクハラやパワハラが起きる背景には人間に受け継がれてきた「オス脳ミーム」が潜んでいる?――。北里大学理学部の伊藤道彦准教授が提唱する概念「オス脳ミーム」は、戦争を起こしてきた人間のありかたを見つめ直し、平和で寛容な社会に近づくための一歩にもなりそうです。伊藤准教授は、執筆した新刊「オス脳ミーム~男が戦争する理由を進化学から説く~」について、「平和への議論のきっかけとなり、学問をまたいだ交流のきっかけになればうれしい」と語ります。(連載最終回)
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戦争はなぜ起きる? 哺乳類の進化の歴史からひもとく新刊「オス脳ミーム」 理学部・伊藤准教授が執筆 (上)
戦争のきっかけは、「オス脳ミーム」由来の支配欲? 理学部・伊藤准教授が説く「オス脳ミーム」とは(中)
――「オス脳ミーム」とは改めて、どんな概念でしょうか?
◆強い男性が優位に立って権力を持ち、弱者を支配するありかた・考え方です。男性優位社会は、人類社会の進化過程で拡散され、多くの人間社会において当たり前の考えとして受け継がれてきました。「ミーム」とは、生物が遺伝によって子孫に情報を伝えるように、「人から人へ、そして、社会から社会へ伝達される情報」、すなわち、ある集団や社会で伝播されてきた文化(習慣、伝統)や社会通念のことです。

――昔からあるものですか?
◆私は、紀元前1万年ごろの農耕時代に「オス脳ミーム」がはじまったと考えています。農耕や狩猟により、食べ物を貯蓄ができるようになり、貧富の差が生まれた時代です。
次第に、食べ物や土地をめぐる争い(支配や権力のための戦争)がはじまったことで、武力などにより力が強い集団が勢力を拡大し、弱い集団は淘汰されていったとみられます。
こうして、戦いに勝つ男たちが優位に立つ集団が世界中で増え、多様性の乏しい男性優位・権威主義的な価値観(オス脳ミーム)が世界中に広まったと私は考えています。
男尊女卑の考えに基づいた男性が女性や子どもを支配する構造は、世界各地のさまざまな集団(国や家族、企業など)で見られます。家父長制は、「オス脳ミーム」の典型的な産物と考えています。

――「オス脳ミーム」が原因で起きている現象は、現代でもありますか?
◆セクシュアルハラスメント(セクハラ、性的嫌がらせ)、パワーハラスメント(パワハラ、立場の強い人が立場の弱い人に対して行う嫌がらせ)、モラルハラスメント(モラハラ、言葉や態度など目に見えない暴力で相手を追い詰める行為)……。多くのハラスメントがそうだと思います。
例えば、パワハラは「支配」を理由に、言葉などによる暴力を行いますよね。男性によるセクハラは、「オス脳」による衝動だけではなく、「支配」や「権威」を背景とした言動です。女性によるハラスメントは、「オス脳ミーム」の環境下で影響を受けたことによると考えています。
また、組織全体が「オス脳ミーム」の影響下にあると、ハラスメントを行う権力者に対して「そういうことをしてもいいですよ」という雰囲気を醸してしまうのでしょう。まわりに「おかしい」と言える人もいなくなる。
――戦争やハラスメントを助長するのも「オス脳ミーム」なんですね。
◆時間を超えて人類社会に受け継がれてきた「オス脳ミーム」は、支配欲や権力欲を持つ人にしみついています。
社会進化の過程を考えると、人類は他集団を圧して自集団の勢力を広げてきたとも言えます。これがまさに「戦争」です。そういう意味で、「戦争」は、哺乳類の本能から来ている残虐な行為かもしれないけれど、人間の持つ知恵でなくすこともできると信じています。

戦争やハラスメントをなくし、平和な世の中を導く一歩とするために、本などを通じて、「オス脳ミーム」の概念を社会に広めたいです。
都会の核家族、共働き家庭で育った学生の話を聞いていると、「ジェンダー平等」は広まり、「オス脳ミーム」からの脱却がはじまっているように感じます。一方で、「お墓を守るのは長男」といった「オス脳ミーム」が色濃い、権威主義的な慣習が残っている地方もまだまだあります。
――確かに、「オス脳ミーム」という言葉を介してハラスメントなどの世の中の現象を見つめ直すと、解像度が高くなる気がします。平和や多様性の視点を育む教育にも生かせそうです。
◆争いの源泉とも言える「オス脳ミーム」と、この考え方を介した人間の支配・権威の歴史を学び、知ること。そして、一人一人が「そこから変わろう」と意識することが、平和への一歩と考えます。「オス脳ミーム」から脱却した世代が政治や社会活動に多く参加することで、これまでの男性優位的な文化も変わっていく可能性があります。
さらに、「ジェンダー・クオータ制」(男女間の社会的な格差を是正するため、女性の割合を一定以上にする制度)導入などを通じ、あらゆる組織において女性の参画を積極的に推進していくことも必要と考えています。人類の進化の歴史をひもといくと、食料資源が豊富な熱帯地域などで見られる母系社会は争いがあまりなく、平和的な集団であることが分かっています。
「オス脳ミーム」からの脱却は、ジェンダー平等を社会に定着させ、多様性に寛容な社会を導くための大きな力にもなるでしょう。

――伊藤准教授が著書「オス脳ミーム」を書いたきっかけを改めて教えてください。
◆「なぜ、2022年にロシアのプーチン大統領が戦争をはじめたか」という疑問からはじまっています。
私にとって、ロシアは身近な国です。ロシアでカエルを取ってきてゲノム解析をしていますし、研究を通じて、ロシアの科学者と親しくなる機会も多いです。
研究者の世界では、「人種」は関係ありません。どんな研究をやって、どんな面白いことを考えているかを楽しみながら話し合うわけですから。一方で、「平和」が良いとされ、SNSが発達したこの情報化時代においても、ロシアがおろかな戦争を起こしてしまいました。最初は納得できませんでした。
でも、冷静に俯瞰すると、プーチン大統領は特殊ではなく、プーチン大統領のような戦争を起こす指導者は歴史上にたくさんいたのです。そして、そのほとんどが男性でした。
このような指導者の多くはなぜ男性なのか――。生命科学者として進化学的に明らかにしたいと考えました。その思いが、この本を書いた原点です。本を通じて争いの源泉となる「オス脳ミーム」という概念を広く社会に認識してもらいたい。その積み重ねが戦争がなくなる一歩につながると信じています。
――「オス脳ミーム」は、科学的視点だけでなく、社会学的な観点からも論じられていて、興味深いです。伊藤准教授は、どういう経緯で生物学者になられたのですか?
◆私の通った大学は、入学後に専攻を決めることができました。哲学を学びたい気持ちもありましたが、進級の際に文系の単位が1つ足りないことが発覚したこともあり、生物系を選びました。
父は、高校で生物を教えていました。長野県でトンボや植物の調査をしていて、その影響で生物が好きでした。大学では、生物を分子レベルで調べたいなと思ったのです。
また、学生の頃、「ポストモダニズム」という学問が流行っていました。ポストモダニズムは、「多様な視点や解釈を尊重する考え方で、固定された価値観を否定し、状況や文脈によって変化する流動性を重視する」思想で、共感したのです。
この考え方は、生物のありかたにも似ています。

「生きている」とは、何かが外界と内界の間で行き来をして、絶えざる変化が起きていること。1個の細胞の中でも常に物質が変わっていて、それがなくなったら、「死んでいる」ものと同じ。生物には多様性があるのです。
それから、私の母は、大学で学び、中学校で国語を教えていました。でも、父と結婚後は、仕事を辞め、家庭に入りました。これも典型的な「オス脳ミーム」ですよね。昔、母が「私がなんで家にいなきゃいけないの」と言っていたことを思い出します。
――理系(進化学)と文系(社会学)の垣根を越えた新しい視点(オス脳ミーム)が生まれた背景が少し分かった気がします。最後に、北里大学や、理学部の受験を考えている学生さんにメッセージをお願いします。
◆「生命科学を学ぶこと」は、「社会を考えること」でもあります。生命の多様性や共生という概念から、多様性を寛容し、自分の未来、そして人類の未来を見つめ、考えて欲しいです。そして、私の学生さんへの想いは、生命科学を学ぶ中で、「考察し、想像し、創造しよう!」です。私は毎年、大学1年生の授業「仕事と人生」で一コマ担当させてもらっています。授業のタイトルは「Passion・Art・Love・Scienceと仕事」で、こんな人生ありますよ、と情熱をもって語り、最後にラップも披露しています!授業の後には、いつも学生からラップの感想が寄せられます(笑)。
――楽しそうな授業です。ありがとうございました。

伊藤 道彦(いとう みちひこ)
1961年長野県飯田市生まれ。東京大学卒。博士号取得後、三菱化学生命科学研究所で分子生物学研究に従事し、その後、北里大学に赴任。専門は、進化学、分子生物学、発生学。性・種とは何か?を、分子レベル(遺伝子、利己的DNA、ゲノム)から細胞、個体、集団レベルで研究および考察を行っている。趣味は、アートを論じること、生命系のラップを作ること。研究の森
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