研究の森

2025.3.19

新しい概念の「抗感染症薬」 実用化で治療法がない病気も治る?(下)

 牛のフンで広がるO157に効く薬が生まれる――? 北里大学大村智記念研究所では、感染症から身を守る新しい方法を追求し続けています。研究が進む「Ⅲ型分泌装置」を持つ細菌の働きを抑える薬は、O157のように治療法が見つかっていない怖い感染症の原因菌にも有効と考えられ、大きな期待が寄せられています。2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智特別栄誉教授とともに、長年研究に取り組んできた阿部章夫教授と浅見行弘教授に、新しい「抗感染症薬」が導く未来について聞きました。

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「菌を殺す」薬の限界を超えて 北里研究所で考える新しい「抗感染症薬」とは?(上)

細菌の「針」の機能を止め、病原性を無力化する 北里研究所で考える新しい概念の薬(中)

 ――半世紀以上にわたり一般的に使われていた抗菌薬ではなく、菌の機能を抑える抗感染症薬ができたら、私たちの暮らしは、はどう変わりますか?

 阿部 例えば大腸菌のうち、人間に大きなダメージを与える病原性大腸菌O157は「Ⅲ型分泌装置」を有しています。一般的にあまり知られていないことですが、実は牛のフンにはたくさん含まれています。牛はO157に感染しませんが、O157で汚染された土で作られた生野菜などを食べた人間は、O157に感染し、命を落とすことさえあります。以前、海外では「ハンバーガーに使われた野菜にO157がついていて、感染した人がいる」と報道されました。日本でも、畑の肥料として人のフンを使っていた時代には、さまざまな病気に感染する可能性があり、野菜は火を通して食べていました。

――O157は、抗菌薬で殺したらダメなのですか?

 浅見 菌は死んだら破裂します。菌体からたくさんの「毒素」が出てきて、体内を激しく傷つけてしまいます。だから、O157そのものを抗菌薬で殺せないのです。O157に感染した生野菜やレバーを食べただけで人が命を落とすことがあるのは、こういう理由です。

 阿部 O157が、引き起こす感染症の抗菌薬に対する見解は統一されていません。そのため、人間はO157に感染しても、症状を和らげたり、一時的に消したりする対症療法でやり過ごすしかないのです。

 一方で、O157を含む大腸菌は20分に1回増殖するといわれ、家畜のフンなどを介して、どんどん広がってきます。家畜のフンで汚染された下水が畑に流れることもあります。そうした畑で野菜が作られると、人間がO157に感染するリスクが高まります。そのため、人間に効くO157の薬ではなく、その手前の牛が感染したO157を無害化する「抗感染症薬」を開発しようとしています。ワンヘルス(人と動物、生態系の健康を一つとみなし、守っていこうとする)の考え方です。

 浅見 科学は、研究成果の「積み重ね」です。先人たちの研究の積み重ねを大切にして、新しいインパクトを生み、本当に必要な薬を追求するのが、私たちのミッションです。

 阿部 薬は、すぐには完成しません。ただ、巨額の研究費を回収する前に、耐性菌ができて、薬が効かなくなったら、その薬の価値はなくなってしまいます。

 こうした背景から、企業は糖尿病やがん、生活習慣病などに効く薬の開発を選ぶ傾向にあり、新しい概念の抗感染症薬や抗菌薬の開発は進みにくいのが現状です。私たちは、「アカデミア(研究機関)から新しい薬を」という思いを大切に、新しい概念の薬を生み出そうと、研究を積み重ねています。

 大村先生は1999年、日本細菌学雑誌にこのように寄せています。

 「20世紀の化学療法は、新しい薬剤が登場すると、必ず、耐性菌が出現し、効かなくなるということを実証したと言える。21世紀は、このことを踏まえ、感染症から身を守る方策を新たに構築し、パスツールの予言――地球の表面から、寄生体病を一掃することは人力の能く成し得る範囲内にある――を実証できるだろうか」

――新しい仕組みの「抗感染症薬」が完成したとき、感染症治療のありかたが大きく変わりますね。ありがとうございました。

大村智特別栄誉教授との懇親会にて=北里大学提供

◆大村智・特別栄誉教授と北里大学大村智記念研究所

 北里柴三郎は、私立伝染病研究所(のちに国立)の初代所長として、研究の成果を予防・治療につなげることを信念に、伝染病の撲滅に向けて尽力しました。ところが、伝染病研究所が内務省(現在の総務省、国土交通省、厚生労働省、警察庁をあわせた官庁)から文部省に移管されたことから、1914年に東京・白金に北里研究所を創立して信念を貫きました。

 その後も、北里柴三郎の精神は受け継がれ、北里研究所は社団法人の時代を経て、生命科学系総合大学の北里大学と二つの医療系専門学校を設置する学校法人として現在に至っています。

 2001年に設立された北里生命科学研究所(現大村智記念研究所)初代所長の大村智・特別栄誉教授は微生物が創る化合物を約500化合物以上発見し、その中の21化合物がヒトや動物用の医薬品として、また生命現象を解明するための重要な薬として実用化されています。

 中でも多種多様な抗生物質を作り出す放線菌を、静岡県の土壌から分離し、この放線菌が生産する化合物から作られたイベルメクチンは、犬や猫、家畜なども含めた動物向け駆虫薬として、またヒトの疥癬の薬として世界中で使われています。

 そして、顧みられない熱帯病のオンコセルカ症とリンパ系フィラリア症の特効薬として現在も使用されており、北里研究所と米国の製薬会社メルク社の無償提供により、WHO(世界保健機関)を通じアフリカや中南米の地域で劇的な予防・治療効果を挙げています。イベルメクチンは年間に7000万人以上の人に投与され、感染の危険性が高い開発途上国における河川流域の発展に貢献しています。この業績が認められ、大村智・特別栄誉教授は2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。また、WHOはイベルメクチンを用いてオンコセルカ症とリンパ系フィラリア症の撲滅にむけて各国機関と連携しています。 (おわり)

保管室には薬を生み出す「放線菌」や「糸状菌」――。日本中の海底や植物などから取った微生物がずらりと並ぶ。

阿部章夫(あべ あきお)
北里大学・大村智記念研究所・所長。主な研究は、細菌の分泌装置の解析、多剤耐性に関わるゲノム側因子の解析。著書に「もっとよくわかる!感染症」(羊土社)がある。趣味は、ブラジリアン柔術(Carpe Diem BJJ, 黒帯)、ロングディスタンスハイキング、パックラフトと多岐にわたる。

浅見行弘(あさみ ゆきひろ)
埼玉大学大学院理工学研究科で博士号(理学)を取得後、北里大学大村智記念研究所の教授として微生物応用化学研究室で微生物創薬研究を行っている。感染制御教育研究センター創薬研究部門の部門長、大学院感染制御科学府の創薬科学履修コース長。趣味はブラジリアン柔術(Carpe Diem BJJ, 黒帯)、PANDAGYM(トレーニング)、CIO(サウナ)。

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